第四章 匍匐漸進 001 妹! ギャル純寿(仮)
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どうしよう?
「『姫が奪われる』しかないだろぉ~~~っ! では『誰が姫を奪うのか』? なのだ!」
ドットは懐古と斬りつけられても、ニーズが尽きることはなかった。カダヤシにドブ川を奪われたメダカが、新時代の金魚へと進化して、温室でぬくぬくと繁栄し、世界を股にかけたように。
携帯ゲーム機はスマートフォンに絶滅させられるという未来予想図も、羞恥に顔を赤くした。携帯電話は腕時計型にならなかったじゃんと勝ち誇った、あわてんぼうの過去人が、ニルアドミラリに達したように。
自分の青春時代の真ん中に、都合よく、人類の理想の未来が訪れてはくれない。
「『一方的に好きになってくれる』――これをどう『ベタじゃない』へ導くか! ふむん……、『さりげなくやる』がよいでしょう! な? 『全員恋愛嫌い』とか『フられて終わる』とか『イケメンなライバルに盗られる』とか、そぉ~~~ゆうのはボツ! どうしてそこで頑張っちゃうかなぁ~~~っ!? ってなっちゅ、たう。な? ふぬ。『俺ららしさを出すべき場所』、ほかにもフガっとあんだろぉ~~~っ! ふふんふ」
親としては、何かと誘惑の多いスマホよりも、総合プレイ時間まで告げ口してくれるゲーム機の方を、どちらかというと与えたいわけだしさ。
我が子だけハブられても困るし。
送り手には、大人になって買えばいいじゃんと、正直思ってもいい権利があるのだけれど、それだと、扶養されている若年層をターゲットにした販売戦略からは、おのずから逸脱しちゃってるんだよね。
消費も技術の進歩につき従ってほしかった?
こんなにもがんばったんだから?
「《ピンクのつり橋効果》的な?」
「おほぉ~~~っ! よい! それっぽいルビがついたらもっと」
「《ピンクのつり橋効果》!」
「んふぅっぷ!? 『ラノベ作家レベルじゃねーか!』www ンゴッ、ん眼鏡~♪」
「まあそれもだいぶん、勘違い烏滸がましいんだけどね。かんおこ!」
「初版には『チエーン』も混在してるの知ってた? いや俺、初版しか持ってないんだけどー」
「おんすく!」
「オンザアアアアアアアアアアアス!」
誘拐された女の子を救出しに向かえるチャンスを醸成しては、主人公に押しつけてくる悪の組織だ。報酬は嬌声。恐怖で裏返った本音。ただし決して命は取らない。はからずもモテモテハーレム王になった男子は、怒りの矛先をどこへ向けたらよいのか解らず苦悶する。
「頭を丸めて去勢して、出家するエンドにも辿りつけるようにしよう。チーン」
「女子涙目www」
「じゃあ『2』は、『適度な男子コンテスト編』になるな。いつのまにか芽生えていた男同士の友情で、ないがしろにされる美女連中!」
「涙腺崩壊www」
マンテルピースは銀のサモワールばりに、さりげなく忍ばせてみたいワードである。
「あ、あのさ、これってルール違反じゃね? ただの嘘だよ。ヒントも皆無だし」
「ん?」
こういうときにラノベは困る。文字だから。僕は読んでいた声優雑誌を伏せて、空寛の隣へ移動し、胸を鷲掴みにした。揉む。名字は京猪野。個性的な笑い声が、鼻腔で断続的にくぐもった。
「このウラエスとかいうやつ、別に誰も殺してないじゃん。実際に罪を犯した犯人が、痕跡を完璧に隠蔽して、時効まで誰にも暴かれなかったら、完全犯罪だって言えるけどさあ」
ほんとだ、こいつアホだなあと、思ったけど口に出すべきかどうかは悩む。
人は『矛盾型』と『極端型』の二種類に分けられる。そしてこのたまご肌の、痩せてるときはイケメンだった、おっぱいがすごいフレンド(男)は前者で、ボイ~ン。僕は後者なのだった。にゅーん。
「でもこのヘイヘルとかいう浮気男に、仕返しができてるかどうかで考えたらできてるじゃん。だいたいそういうことが言いたかったんじゃないの? 『殺される』より『殺人犯になる』の方がぶっちゃけきついし。いや、どっちもきついけど。手を汚さず殺せる方が脅威というか」
「んふーっ……。見て、見て」
扉イラストがぺら、ぺらり。
匿名で魔改造される前の、見返り美尻んたちが現れる。
「ええーっ!? こいつ、男だぜ!?」
「いや、女だろ」
オコローリヨはイイポズドオと同じくらい、唐突にアヘ顔で絶叫したくなる名前だ。
「眼帯女子が好きなんだよな」
「瞑鑼、カルカ、チュコ、オコローリヨ! 伏線は確かにあったのだ!」
「アンチバリスティックゥ!?」
「ブレイドオオオッ!!」
乳首は今日もまた探り当てられなかった。
連れ立って部室を出る。
『海外から見た日本研究会』と書かれたプレートを見上げ、施錠。
くだんの案件に切り替えた。
いっそ泊まって来ればよかったと、正直な感想を抱いてしまった自分を宥め賺す。
必ずと約束し、絶対にと請け負って、背水の陣を敷いたばかりじゃないか。
玄関にはあいつの靴があった。
(はねのけられないで済みそうなテーマを持って帰ってきた日に限って……)
まぎれもなく銀髪な美少女、チクワちゃんがダッシュで出迎えてくれた。喜びの跳躍がすごい。おいおい、ずっと一緒に暮らしてるだろ。待て待て、お座り、お座り。……。
「よしよしよし! んーむむ! がおー、がぶ。あ・あ・あ。ふうーっ! しゅしゅしゅ」
犬派と猫派までしか認識できないのは素人。
動物好きの層からも支持を得たいという魂胆があけすけな業突張り。
一筋縄ではいかなさそうなボス猫の、甘えたな部分を引き出して、自分だけに見せるデレ顔で勝ったぜと満悦する猫好きと、そういうのめんどい。と『抱っこさせてくれる猫』をこそ最上に据えている猫好きは、モモンガとフクロモモンガほどに違う。
小さくなるに従って、猫化する傾向があるように見受けられる。最近の極小チワワなんかは、挙動だけでなく、腕の使い方まで猫そっくりだ。裏返してぺろぺろ舐めたり、耳を隠したり。
白のマルチーズと金のヨーキーのミックスである、ガチで銀色なこいつ、マルキーはといえば、なんかこう、足腰がすごい。ソファーの背もたれに登って寝るのが大好き。で、絶対落ちないんだ。野良猫が綽々とブロック塀をあしらうあの感じ。猫背にはならないけど(モップ)。
それでも犬だから、ベッドを占領したりしないし(むしろ足元に行かないで淋しいってなる)、款待の儀式あとに、突然冷めることもなく、全身どこでも撫でられて、しかも毛が飛ばない。カット前も直後も、それぞれにかわいいし。
目の汁ぐらいかな。
毎日拭くのが大変なので。
「お邪魔してます」
「あ、あ、ああ……うん」
エプロン姿だった。男こそ女顔に嫉妬する。逆で考えてみよう、父親が息子の彼女を敵視するわけがない。ということでこの、閏間院とかいう美少年は、母親のお気に入りなのだった。
家族公認……。
《妹が勝手にラノベしてる僕はキモオタで歯がゆい》。
「寒くなかったすか?」
「っち、近い、近い!」
天姿国色だったら和郎でもいいのか、いいや違う! はず! ってなるだろぉ~っ!
(人間好きには嫌い嫌い光線がまるで通用しなくて困る)
美形であれば彼氏がいるし、そうでなければ理想じゃない。つまり麗しい妹がいたとしても、自分がイケメンでなければなんの意味もなく、自分がイケメンであるのならば、妹持ちの友人を妬まなくとも美女に好き好きされる。
貰えない札束は見る方が目に毒で、御相伴にあずからせていただけない豚肉と白菜のお鍋の香りは、鼻から吸い込まない方が幸せなんだ。
一緒に食べたら味しない。僕は母の呼ぶ声を、不良気取りのクソ勘違いイキリオタク顔でシカトして、遠くの方のコンビニを目指し、買った焼きそばパンを帰り道で歩きながら胃袋へ詰めた。
往来する車の光の美しさも、打上花火のそれと遜色ないのに、見物客で溢れかえらないのは何故だろう。
いつもなら諦めて眠るのだ。今日は泊まっていかない様子で、そわそわと勇気が湧いた。
いや、失敗したら、駄目って言われたわーって言えるし。どの道話しかけるしかないのだ!
もー、いいじゃん。
ああ、怖い!
電話番号さえ知らなかった。
午後十一時十二分、僕は妹の部屋の扉を叩いた。
実直に相談を持ちかけたのが卑怯にも功を奏したようで、純寿は自室から出てきたのだが、
「寒っ! あんたアホなの? なんで窓開けてんの!?」
「えっ、いや、」
まさかこっちに(来て)く(れ)るとは思ってなかったから、もにょもにょ……。
「じゃあ私の部屋に入れると思ってたわけ? こんな時間に? っていうか寒い。暖房は?」
犬用のヒーターを机の下から出して見せると、呆れを通り越したのか、ちょっとウケた。
醤油かけごはんで充分だなー、生卵要らないなーって気づきたくなかった感情を思い出す。
「そういや夏は死ぬほど暑かったような……、なんなの? 頭おかしいの?」
「いや、だから、暑い時は体温が上がる。寒いときは体温が下がる。それでいいじゃん」
「変温動物かっ!」
どこからか、永遠の中年生たちの、魂の慷慨が聞こえたような気がした。
「え。でも全然イケんじゃね?」
それはわかってるんだ。ただ――
「んー、じゃあ明日連れてきなよ」
「あした!? 早いな……、なんか予定とかあったんじゃないの?」
「あ? そういうこと言うなら、はじめっから頼みにくんなDT。いつもみたいに独りで寝ケチャしてろクソゴミボ」
脚を閉じろ、クソガキが。
銀髪じゃねぇーだろ、それ。
藤色じゃん。
実に紫属性じゃん!
「どこ見てんだ、変態。妊娠すんだろ」
「するか、タコ。あいっ、て!」
九時なと言って、ばたん! 純寿は帰った。
僕はリモコンから充電池を外しながら、一緒にした方が節水できると発見した自分たちの天才性に酔いしれたまま、褒めてくれるに違いないと自信満々で、奥へ座ってもらった当然ノーパンの妹と便座の狭間へ、器用に小用を加えていたところを親父に見つかって、ガンガンに絞られた幼少期の記憶に帰れクソがと悪態をついた。
もぉ!
コンセントも抜く。
うひょー、これでまたお喋りできるぞ、いいことずくめだ!
農家の人の立場になれば、久々に振った小雨とか、リアルな天の恵みじゃん!
イライラしない~音頭を雄鶏ながら、キッチンを目指してリビングへ飛び込むと、
「うおっ!」
「チッ……」
ソファーを陣取っていやがった。
(うわあ、靴も濡れたから洗いに出したのか。クソが。暑っ、酸欠で倒れるわ換気しろ)
しかし、適当に拭いて着替えただけかよ湯上りの香りを放てよパジャマ姿な、寝そべり純寿から放射されていたのは、いつもの、キモオタに対する嫌悪感ではなかった。
……たぶん。
「……気持ち悪い妄想してんなよ」
今すぐに引き返すべきである。
そんな模範解答は知っていた。
極端型を自負する僕は、相反する感情や欲求が、好き放題に生い茂ってゆくのを傍観しながら、根こそぎ除草したあとに何を植えようかと考えていた。
失敗してから一斉に切断してもいいのである。
でもできねー。
リスクを覚悟で挑めねー。
(お礼言ってたとか言っても、こないだ聞いたって舌打ちされそうだし)
心とはユウテラス、だからぼくは永劫未完成。みたいなフレーズに、ラノベのタイトル風のバンドでボーカルを務めるシンガーソングライターによるポエムポエムしたリリックスかよと突っ込む。
画力にしろトーク力にしろ、身についたころには時代遅れになっているという現実が切ない。
超切ない。
引き裂いて貫いて離れないで傍に居て。
円鑿なのは僕の方さ。
(卵を産めるようになったら、不快感から解放される代わりに、年中男が寄ってくるのか)
とりあえず手を洗った。
苦情を受けてから反省してもよいのだ。
蔵庫を開ける。棚をガサ。うるせえと言われることはなかった。むうむむ。
豆腐と……ラーメンだ!
お皿……。よし。開けて、出す。箸、箸……。
ふう、でけた。……。水!
カチャ、ジャー。コト、ふう。
(いただきますなんて死んでも言わねえ、偽善者どもが! いただきまーす!)
バリ、バリ。ガリ、ゴリ。
うん、うまい!
自分が見たかっただけだからと胸の内で言い訳しながら、女装目里人の写真を薬指で開く。まあ男にとっちゃあ、綺麗もかわいいも同率一位だからな。胸も肩幅も別に気にならんし。結局最終的には心のある方を、どれだけぶちゃいくでも選んでしまうってだけで、
「い、いじめとかかー……?」
「んー、まあ、そんなとこ」
「!? ッほ、っ! あああ……、ちょ、んっ、んっ――。おいおいおいおい!」
「なに!? もう、うるさい」
氷雨かもしれなかった。
農家の人の苦悩なんか知らなかった。
日照りに不作なしという故事を、耳にしたことがないわけでもあるまいに。
今の時期って何が採れるんだ? 大根か?
「いいから」
最初の『い』がでかかった。あっち行けと言われない。兄貴としては抱きしめたかったが、そんなことをすれば虐待になるのだろう。男としては触りたかった。諦めるのは得意だった。
清々しいじゃないか、年を取る恐怖に似て。
矛盾がデフォルトなら諦めてるのと一緒だよ。
こんな日に限って親の帰りが遅い。
醤油をかける気にならなかった絹ごし豆腐は、食べたことのない白子の味がした。
お前こそ傍観できるタイプだろうが。
リア充界だと色恋のトラブルも多発すんだろうか。
まあ彼氏があれじゃあな等と悶々としていると、突然、妹が半狂乱で何やら泣き喚き暴れ出した。
えっ、怖い。
ネットでテレビが消えるのなら、テレビでラジオが死んでいなければならなかっただろ?
要望通りのシナリオは決定的に書けそうにない。それでも食っていかなきゃならないんだ。ぽっぷでふぁんたじっくな、そんな格好でなに真面目な話してんの系の、おもしろ路線に限定して膨らませると、お姉ちゃんばっかりになっちゃった。
あね~ん。
「落ち着けって! なにがどうした!?」
「うわああああああああん!」
これは、痛って……! さ、触っても、いいとか、わるいとかのっ、もぉ! 話じゃなくなって、痛てっ! コラっ! んふーっ、ふぅーっ……!
『…………』
このタイミングで特に誰も帰ってこなかったけれど、おじさんイジりはやめておこう。
《ぜ~いんかっしょくっ! MUJINTO GIRLS》とかどうだ? ん?
ああこれでいいや。
これで病的に青白い《雪吸血鬼》ばっかり出そう。
「っ、~~~っ! う、ううう。っさっき、っもっと、ちゃんとと、っく……! めてお、」
テレビのニュースだ。いつの時代にも居る神経質な孤独中毒者が未来人ぶっているだけで、面倒くさがりな寂しがり屋が、最後までスタンダード・人間なのだから。
さっき?
普通に帰ってくれば、ずぶ濡れになったりしないはず。
靴がなかったのは――?
その青いビニールシートは警察が被せたものではないらしかった。
どういうこと?
少年には少女も含まれるので、男子ばかりだったかどうかは与り知らないが、ともかくそのグループは、マンションから野良犬をダイブさせたらしい。
ああ、パラシュート……。
胸糞悪くなった。憤怒と繋がってなければ、感情を根こそぎ否定したりなんかしないさ。
運悪く亡くなられた方の中に、閏間院という苗字はなかった。
ハッピーまでで区切るのがマナーだから、あと数行だけ続く。
ケチャップと塩コショウで炒めたご飯に、解凍したグラタンと冷凍チーズをかけ、十五分も入念に焼いたドリアをふるまってやった。太れ。
『2人』にするか『二人』にするかで悩むぅ~。仮に前者に決断したとして、あとで忘れちゃったら、統一性が無いって叩かれるの? どうでもいいの?
いっぱい泣いてスッキリしたのか、純寿はチクワを抱きしめて寝て、眠って少なくともお上品ではなくなった。
ぶうん、ばたん……ビニールの擦れ合う音に続いた止まらない釈明に安堵する。
僕は何食わぬ顔で証拠を隠滅して、風呂に入って布団に入った。
予習ができても寝坊したらなんにもならないんだぜ。
円形のプレートヒーターを背中に装着。
ケーブルがへその緒のようで自嘲する。