第三章 肉声祭 004 遏悪揚善(仮)
「しゃ、しゃしゃしゃ、シャンファちゃん! こ、これ!」
「あら、ありがとう。とっても嬉しいわ。キャベジ君?」
にこぉー。
シャンファってなにと訊いてきた。
ハンドルネームだよと僕は答えた。
「あたしも何か考えようかしら。そうよね、なにも、本名で生活しなくてもよかったのよね」
「すごく個性的でいい名前だと思うけどなあ」
「じゃああんたにあげるわ。これからはイイポリスト・イイポキュライトって名乗りなさい」
「それならお前はこれから、メリオリオン・バァーミズドオだ」
「嫌よ、もっとピンク髪らしさが伝わるやつにして」
「ベベとかどうだ」
「安直すぎるわ! しかも嫌」
むうむ。
「た、食べない!? じゃあどうすんだ?」
「孵すのよ! もお! 怖いこと言わないで!」
「返すぅ!? どういうこった」
こっちを見るな。
自分で考えろ。
食べた方がいいと思うけどね、と銀狐娘が言った。
「ややこしいことになる前に。あの緑のやつも」
「いや、あれはもう中身が育って、」
「すみません、この、これくだ――さい、おうっ!?」
「ん?」
ズドオちゃんがまた、踵から先を物理的に伸ばして接客。
え、ちょっと待て。
「待たない! はい、さっさと動く! ほら、ソースそこにあるでしょ、間違えちゃだめよ、袋用意して……! はやくかける。は~い、百Z丁度、おあずかりいたしま~す!? え!?」
まさかまさか、そんなはずがない。
あいつが心底テキトーに作ったこの、ジョン・Dサンドを、こんなにも大量に購入するために、人気女性声優様がわざわざおいでくださるなんて!
ケバブの香りで胃が収縮する。謎のギャルコス子さんは、ちゃかちゃかとおつりをポケットへ仕舞うと、ばばっと風呂敷的なものに入れ、漫画の泥棒みたいに背負い、しゅたたたと彼方へ消えた。
ファンになる気持ちがわかった。
しかし吝嗇の欠片もなかったな。
「奢侈淫佚と言ったら失礼千万だけれど、ともかく豪快だったわ。知ってる子?」
「ああ、実はさっきな……」
ストパーマンには会えなくなった。
その上バッドエンドだった。
ルリセはそれでも笑っていたから。
なんとなくぶん殴る?
補導されて終わりだよ。
一生面倒を見ていいポジションに立つことを許されたわけでもないのに、感情の赴くままに刹那主義へと乗り換えて、遏悪揚善を敢行したりすれば、目が届かなくなってから、彼女が元いた向こうのグループでより酷い目に遭わされる。
それなら別に、大切なゲームソフトを隠されたり、からかい半分でしばかれたり、遊び感覚ではたかれたりされている方がましだ。
中学でキツいイジリに遭ってるやつを、やめてやれよとやんわり庇ってみたことがあるけれど、ああ、うん……。みたいな感じで、友だちの輪に自分がとけ込めなかった的な結果を得た経験が僕にはあった。
別にかまってほしかったわけじゃないんですけどね。共感を得たかっただけ? この不愉快な気持ちを取り除きたかっただけ? あんなにも弱々しいイジられっ子でさえも、僕とお喋りするくらいなら死んだ方がましなんだ?
じゃあもう二度と勇気は出さないよ。
やっぱり夢は過労死だ。
「まったく。お前は本っ当~に、女に甘いな」
お前は優しくないなとは言われなかった。
「コラァ! お前らぁ、俺の大事なダチに何してくれてんだ! もっと丁重にあつかえ!」
『きゃーっ!!』
人情味のある紫人参の叱責には愛がある。
自分では同じ台詞でも、チッ、ハイハイわかりましたよ顔しか引き出せなくて、なんだその目はとブチギレちゃって、流血騒ぎになっていたことだろう。
宝石メダカも売り切れた。