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第三章 肉声祭 001 報怨以毒(仮)


        1



 負の感情や、本当の気持ち的なものを犠牲にすれば――つまりその点で代価を払えば――、完全犯罪も容易いのだと、僕、メリオリスト・バァーミキュライトは改めて自説を堅固にした。


 面白い娯楽(アニメ)というものは、誰かが怪我してみんなで叱られ、しょんぼりエンドを迎えるベタを、奇跡的に回避できたプロレスごっこに似ている。


 現実らしさを帯びた諸々は、物語へ引き込むために必要なファクターであるけれども、実際、作り物だと解っているところはあるじゃないか。フィクションに決まってる。と親切にも冒頭に書いてある。ケッ、せめてツンデレ口調にしやがれ。

 なんだからね?


 だから、ヤラセだとモロバレな上で戦わなければならない縛りが、どのような金の卵を産むのかというと、やはり――、人気の出る悪役を内包したそれではないか。

 そんな推論。


 結局自分も無名人というゴールにしか辿りつけない多数派(ぬるま)湯に浸かっているのではないかと不安になるほど、悪役好きの数は多い。


 かなり不安になってきた。

 僕だけが悪者を大好きな異端なんだ!

 ――ってなる。あるある。


 そうつまり、以上の理由によって、現実らしさというレイヤーで高得点を取りながら、大人気になる悪役を生み出すことはできないのである。


 どっちかは犠牲にしないとさ。

 なんでも両得できたらおかしい。

 おい、まさか……!

 そうか、



 ライバルが欲しかったのか。



 だから崇拝されても喜べなかった。だから後輩を強化するなどという暴走を開始した。先輩を殺害したかったわけじゃなかった。まさしく話にならなかったモブ共が、勝手に死んだだけだ。


 未だ見ぬ最強のライバルの誕生を、未来に渇望した結果。

 もっと残酷に要約すると、独走にも飽きたから。


 とはいえ、彼、ウラエス・ウイトウ氏は、何ひとつとして悪事を働いてはいないのだが。

 それでもその発想と行動が、凶悪殺人鬼ばりに常軌を逸していたことは事実だ。

 浦島太郎でたとえるなら、助けたカメを褒めちぎって、乙姫様を連れて来させたあとで、スープにしておいしくいただいたような感じ。


(やってできないことじゃないけどさ)


 もしかするとこれは、ヒーローが好きな証明なのではないか。いや、極悪人でありながら、同時に、民を守るヒーローであることは、全く矛盾していない。以毒制毒と言うではないか。


 なんとかマン系のアニメは、幼いころから全然興味がなかったし。というか、殴る蹴るマンの方が怖すぎて、見ていられなかった。羨ましがってるだけなんだから愛してよ、と。


 ダークヒーローはまた意味が違うぜ。

 壁ドンみたく、裏が表を侵食しそうではあるけれど。


 そうだここで、例のコラムも消化してしまおう。要するに『以毒制毒』。これなんだ。非力な自分では敵わない井蛙(せいあ)を、サッとやっつけてくれるから、人は『面白いコントや漫才を作れる芸人』よりも、『凄そうで悪そうで強そうな芸人』を、『一位』の座席に座らせたがる。


 クラス一の人気者だったと自分では思い込んでいるスベリ野郎の、泣きそうな顔を引き出してくれること――面白いよな? 心が躍る。ありがたい。ウケを狙ったキョロ顔の、一兆倍面白い。

 僕は今、MC陣の、一様に炯々(けいけい)すぎる眼光を思い浮かべていた。


「マスター・オブ・セレモニー」


「へぇー」


 力が必要だ。

 改めてそう思う。


「でもあたしの能力があったら、密室とかなくなるよね。世界観的に」


「自分で言うのか。というかこれはそもそも、密室殺人事件じゃない」


「完全犯罪って言っても、こういうの、マンガとかにはありふれてるんじゃないの?」


「正直、煽りすぎたかなあとは反省してる」


 普通は怒り心頭に発する。自由の権利を最大限に主張する。他人が悪事を働かなければ自分は幸せになられたんだから、悪いやつらを全員ブッ殺せば自分は幸せになられるに違いないと考える。


 普通は叱る。罰を与え、二度としないと神に誓わせ、できることなら許してしまいたいと考える。寛大な偉人に憧れているオレが寛大だという評価を得たいから。


 あるいは無難にそっと別れるか、心を鬼にして斬り捨てるか、または既に乗り換えられていたか。そこで諦めたり、悔し涙を流したり、怒鳴り込みに行ったり、決闘を申し込んで逮捕されたり……。


 殺しもせず、殺されもせず、壊れても食って寝たら治ってしまって、笑ってもらえる実体験が一個ゲットできたなと、ポジティブに歯車へ戻ることができる。それが普通人というものだ。


 実用性に乏しい理論満載のマンガなら、弱みを握るなりした主人公の活躍で、聖母のように清い妻を誑かした巨漢が、汗びっしょりで命乞いする展開がボクは面白いと思う(スカッとする)んだけどなあ、みんなもいいから同調してくれるよね(オレにカネをみつげ)? ねっ(オラ)? と作者に催促されるに違いない。

 というかこれ以上できないでしょっ(文句ばっか言いやがって)w? ねえ(クソ素人が)w? ――と。


 サイコパスの同類的対極的な単語があれば、ウラエス・ウイトウ氏はそれになるだろう。理性と良心が発達しすぎても、普通人には異常に見えるというか。自分を地球上で一番繁殖力の強い動物その一と、合目的的に選別できる人間も、普通人にとっては脅威であるはずだから。


 ウラエス・ウイトウ氏は、そんな生易しい復讐劇を、おそらく閃きもしなかった。どうして命を奪ってあげるなどという善行を、わざわざ施してやらなければならない? 面倒臭い。最も簡単で、最も効果のある選択はなんだろう? 答えを出すのに三秒とかからなかった。ああ、それがいい、そうしよう。愛犬の頭を軽く撫でて、辞書読を再開する。


 妻の名はアルマリ・ウイトウといった。一番の理由を捻出するならば、恋愛不足ということになるだろうか。やっと決まった就職先、個人経営のそろばん塾で働いているうちに、いつの間にか入籍していた彼女には、ドラマのように燃え上がる恋愛を経験したことがないという、コンプレックスがないでもなかった。相手はまあ、可愛げのある元気な筋肉男子だったのだ。


 探偵なぞ必要なかった。恋愛下手に痕跡を隠し通せるはずもないのである。ウラエスは頃合いを見計らって、今まで秘匿していた性癖を暴露した。勿論嘘であるが、アルマリに、彼の要望を拒絶して得られる利益はひとつもなかった。なんだ、そういうことだったのか。それなら彼が冷淡に見えたことにも合点がいく。愛されていなかったわけじゃなかったんだ。


 しばらくして妻は忌まわしき肉塊を連れてきた。無理して頼み込んだのだとか、同窓会で再開した級友だとかいった嘘話を、ウラエスは身を乗り出して聴いた。男に謝金を無理矢理握らせるに留まらず、ウラエスはふたりが愛し合うために、惜しみなく私財を投資した。ウラエスは親友のように彼を扱った。これで全員が幸せになられると、恋するふたりは思っていた。


 ここまで来ればあとはもう乗り込むだけだ。ウラエスは妻とふたりきりで過ごす約束を取りつけて、《第三の男》の家へ向かった。これで妻は自宅で自分を待つことになり、彼氏は久々に本妻を舐られるという寸法だ。差出人の名前を考えるのが面倒だったというのも多少はあるが、そんな写真を警察に回収されたら話がややこしくなる。それに、近日死亡する予定があるわけでもない人間に、妻のあられもない、刺激的すぎる姿を、見せる意味も理解できなかった。


 単刀直入に言います、娘さんから浮気調査の依頼を受けた興信所の者ですが、調査結果があまりにも衝撃的でしたので、こちらへ伺わせていただきました。玄関の扉が開く。大量のそういった写真を見せられたラウリー・ゴルドグラン氏は、額に血管を浮きあがらせ、唇を震わせながら、全身をゆでだこのように赤くして激昂した。

 それが、先月の十一日、金曜日、午後五時三十分のことである。


 あんなことをしておいて。

 娘が弄ばれているようにしか見えなかったラウリーは、愛の家へ飛びこむと同時に、ヘイヘルへ殴りかかった。そして返り討ちに遭う。残されたふたりはお互いを庇い合った。女の愛の方が強かったが、女に護られて生き延びた、心底情けない男には、自首して正直に話すことで、ヒーローになられる道だけが残されていた。


 そしてウラエスは青くなった自分の妻に、ここで更に釘を刺した。

 浮気相手の妻の実父に、例の写真を見せたことはおくびにも出さずに。

 愛する男をふたりも同時に失った、不幸な夫人の心のケアを、我々が率先してすべきではないのかね、と。

 アルマリ・ウイトウは、敏腕カウンセラーの妻という役柄を、死にもの狂いで詰め込んだ。


 出所後に殺されるわ?

 どうして?

 母よりも早く、盛大にお祝いをして差し上げればいい。

 臥薪嘗胆ってなんですか?

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