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第二章 カレタ島の冒険 001 ゼスト・メリトクラシー(仮)


        1



 付き合ったと表現すれば語弊しかないけれど、関わり合ったと邪見の角をちらつかせるにはいささか気が引ける、ちょっと変わった同居人ふたりとの、怪談と恋話。

 それから、


 引き金が引かれなければならないのは、解答冊子を閉じ込むことなく、問題集界へ乗り込んでゆく新人に、食っていくぞという気迫が盲腸の存在価値ほども感じられないからだ。


 もったいない。そして恐ろしい。堂々と地名姓を使った所為じゃないし、運悪く設定が被った所為でもない。リュパンをショルメスできなくなったワトスン君の所為でも、伝説はインスパイアしてもいいんだとオレよりも先に気付きやがったどうせ二発目以降は続かないオマージュの所為でも、『安易な肉料理(バトル)展開』とやら(?)に、結局走った(??)所為でもない。


 食うべからずとかいつまでもあると思うなとかいった幻論難に、わかってるよと泣きながらゼロから創り上げて、また、教科書止まりで提出……。

 同志よ。


 質量が同じでも、並べ方如何で価値は変わるさ。ネタ、シャリ、ワサビの順に積み上げられていたり、バンズ、バンズ、バーグだったり、テーブル、御御御付、吸物椀だったりしたら、嗜むなんてもってのほか、正義の心に自殺へ追いやる完璧なクレームが閃くだろう?


 代用魚云々の話はともかく。

 よってこの中からひとり消える。

 八月十九日の晩に。





 その台詞をふきだしの中に確認したとき、僕ははからずも、そろそろ寂しくなってきたという本音を墓まで持って行くことに成功した。

 折も折、終戦記念日は金曜日であった。

 遅鈍な指先の裂創にまで溜息が染み込む。

 永久機関充なら、花火を見て花火をして手を繋いでキスをして――、うわあ。これは癒えたと言えるのか。

 かといって、これ以上の努力ができたとも思えないが。


 原因は判っていた。

 あの憤りだ。

 おぷてぃみ人格であるとはつゆ知らず、こんなにも女子に話しかけてもらえる境遇はクソゴミカスには相応しくないだろうがよと、幸運の無駄遣いを怖れたあの感情。


 搾乳機置き忘れ事件もあったし――そうだ、少女の散乱死体を直視していたのだ。これでいい。

 しかし――なんのスランプだ。

 何を生産してもいないのに。

 僕は本当に何をしていた?

 高校一年の貴重な夏休みを十日間も!


 蒲柳ほりゅうしつに産んだ親に責任を転嫁してみたところで、彼の心は晴れなかった。時間は戻らなくていい。ただ、有意義に人生を積み重ねられた普通人に、置いて行かれたという事実が、無駄に高いプライドに染みた。


「違う、違う、そのことじゃない!」


 うわ、来た! 心臓が要らない!


「それは前にちゃんと聞いてたしな。俺もいつでもいいって返事したし。天気にもよるしさ。だから限界なのは……!」


「あ、あ、開ける、今開ける!」


 単・巻き込まれメンの方がまだ好きだった。監視された方がより、勉強がはかどる場合もある。かちゃ。電気もつける。いざとなると嫌になって、僕は部屋が片付いているかどうかを確認するふりをした。


「よっ、メリト、風邪治った?」


「それは君の名前だ」





 なんて、格好をつけてみたけれど、あれえ、おかしい、顔が熱い。近い! はへへ……!


「んー、あるのかな。ないのかな。わかんねえけど、ないこともないかもな。ライトは?」


 やれやれ<巻き込まれ<クールだ。クールメンに憬れない男子なんかいるもんか。僕はしどろもどろ「ない」と答えた。生きている人間さえ信じていないからだろうな。未だに心のどこかでは、見える人の脳の所為だと思っているから。


「でもよかったよ。ライトが怖い話平気で」


 こちらの髪を金と定義するなら、あの乳首眼帯はプラチナになる。

 ゼスト・メリトクラシーの脚は長く、数センチ以上の壁が立ちはだかっているように、百七十七の自分には思えた。

 奇抜な紋様はじけるTシャツに、小さなぽっちが透けている。いや、別に。と真っ黒なジャージは答えた。着替えられるものなら着替えたかったけれど。


「お前は女子かっ」


 女顔にも産まれたかった。

 NO、ボディタッチやめてぇ、近い!


「なら一緒に入ろうぜ、俺、歯ブラシも一緒で平気だし」


 どういう理屈だ。意味がわからん。


「大丈夫だよ、馬鹿は風邪ひかない――って、んん!?」


 躊躇なく股間へ手が伸びてきたので、流石にしばいた。アンド睨む。


「ライトって、ほんとは女の子? あっ! 風邪って、もしかして、そういう……?」


 そういえばどんな男子ともそれほど親密に関わった覚えはなかった。

 女子との会話と同程度に、こちらも未知の領域であった。


「違うならちょっと乳首見せてよ」


「嫌だよ! 馬鹿! 何言ってンだ!」


「ええっ!? マジで!? え!? マジ!? と、いうことはつまり本当に……!?」


「いやいやいやいや」


 主人公が女の子とか――いや男尊女卑の話じゃなくて。女性声優さんは男子の声を普通に当てたりするじゃんか。でもその逆はない。ところかまわず低音(バス)ではしゃぎちらす幼女なんか不気味だからな。


 いくら内容が同じでも、男子向けの少女漫画をこれは少年漫画ですと無駄に潔く提供すれば、ちょっとした背徳感を味わえる余地を送り手が奪ってしまう結果に繋がらないとも言い切られない。


 せっかく食べ合わせがいいんだから、お子さまランチから旗を奪ってはいけない。ここでは語られて大活躍するのが女子、語り部になって消えるべきなのが男子、という形がベストなのであって、


「やっべえ、俺、なんか興奮してきた。ああ、メリオだから!? メリオだから逆の逆に男だと、ガチで思ってたわー。文雄じゃなくてフミヲ、行雄じゃなくて雪緒、みたいな!?」


 うぜえ……!


「うわ、女子の部屋とか始めて入ったし! エロい! あっ、なんか匂いがエロい!」


 だから女子じゃねえっつってんだろ。

 ベッドに押し倒された。

 耳元で喋るな!

 全然違う、それは真逆だ。


「じゃあ一緒に寝るだけ! おい、男同士なら問題ないはずだろう!? 修学旅行で誰と寝た!? 女子と寝たのか!? お前は男子と寝る楽しさを忘れてしまった! 枕やべえ! ふがふが」


「やめろ!」


 奪い返してぼすぼすしばく。集団で雑魚寝するのとは、わけが違う、だろ! 顔が股間を狙ってきた! 氏ね! するとぱんつまでずれて、見たくもない谷間が見えた。汚くはないけれど、ううう。


「だって他のみんなは今日は遅いからまた明日ねとか言って部屋に入れてくれないし」


「女子として当然の対応だよね」


 うるりんは単に眠たかったからだろうが。

 あの人、激昼行性の動物だから。


「俺は今、怖ぇーんだよぉ……! 絶対居る! あすこに今日も絶対居る!」


「……あすこってどこ」


「鵞鳥小屋」


 どっと疲れた。謎かけも要点をかいつまんでいなく、くどくどしいし。

 あれもわからん、これもわからんではね。解く気が起きんでしょうが。一個ずついかんとさ。

 解答が判っている身としては、更に白目を加速させたい気分だった。

 寝た間は仏と聞くけれど、これが母性本能なのか。

 待て。


 そりゃ少艾(しょうがい)――は、グロじゃない。倦怠の波というの? 独りの時間を大切にしたいタイムに一応飽きた時点だったからかな? とにかく腹は立たなかった。

 ほら、小学校に上がった辺りから、母親に甘えるのは誰に対しても恥ずかしくなって、女の部分を見るのが生物学的にいけないことであるような気がして、半分怖くなって、お父さんにべったりするようになるじゃないか。背中にひっついて寝たりさ?


「えー? これ、放り投げて撮ったんじゃ、」


「ちが、お前! 画像加工とかでもねーぞ!」


 どんどんどんどん!





『はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!』


 ふたりはひっしと身を寄せ合ったまま、秒針をすがるように見つめた。

 十五秒が三時間に感じられる。

 本来の意味の方の壁ドンだ。

 もっと小声で話そうぜ。

 ふたりでそう言葉を交わした。


 怒れる隣人による壁ドンの方が怖いよな。だからむしろ幽霊の所為だった方が助かる。でも幽霊が存在しなかった世界は、彼女との出会いを境に過去のものとなっていて――


「深入りするなってメッセージだろうか……?」


「ばか、お前、知らねえのか、素のメドウさんは性格激キツいんだぞ……! 僕なんか乾燥園芸用土呼ばわりだぞ……!」


「なにっ、お前、いつそんな……、素を見られるほどユウラと親しくなった……!」


「もぉー、あぁー、あつくるしい……っ! 夏だぜ、今ぁ……!」


 ――話が全然進まない。

 いや、オタクがバタフライエフェクトを好きかどうかにかかわらず、カオス理論からはどうやったって逃れられないの。

 そう考えると毎回全く同じチキン南蛮を出せる定食屋さんは神。


「なあ、俺って実は、男でも結構平気なの知ってた……?」


「知らねえよ……!」


「ごめんなんかムラムラしてきた、男でもいいからチュ」


「今すぐシャワー当ててこい!」


 どん!





 ゼスト・メリトクラシーがぞんざいに、ポケットから四十センチはある白髪(しらが)を取り出す。


「いやお前、こういうの持ってちゃ駄目だろ」


 全部これの所為じゃねえの?

 怪現象?


「なっ、ばっ、ちげえよ、俺の部屋に落ちてたの。証拠だよ、証ぉ拠。それとも掃除してごみ箱に捨てりゃあよかったのか? 掃除しねえけど」


 掃除しろよ。


「ああ、違った。したことねえけどの間違いだった」


 余計駄目じゃん。

 まさかとは思うが、トイレから出ても手を洗わない主義の人じゃないだろうな。

 浮遊する肉、長い白髪、ギャンダービルしかいないはずの鵞鳥小屋で光る目玉……。

 もう間違いがなかった。


「別れた彼女の生き霊とかかな……?」


「『別れた』ァ? いいように言うじゃないか。捨てられたなら捨てられたと言うはずだけどな?」


 メリトはちげえよむにゃにゃと口ごもった。自分に非があることは語れない語り手から、これ以上訊くことは何もない。最終的な確認は、近日彼女に取ればいい。どの道あの島へ行かなきゃならないんだし。

 僕は話を切り上げた。

 女難の相が出ていると釘をさしてから。


「でも竜なんてほんとにいるのかぁ~?」


「いるさ! 俺は確かにこの目で見たんだ! こぉ~んなにでっかい――鱗を!」


「鱗かよ! しかも意外と小せえ!」


「ばっか、お前、普通のトカゲの鱗って、ゴマ粒サイズだぞ!? こんなんだぞ!」


 そのとき!

 姐さんが脳味噌を所望しながら怒鳴り込んでくることはなかった。

 あのあとすぐ諦めて、ベランダから、うるりんの布団へ潜り込んでいたらしい。

 うににうるさいと言われた気がした。

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