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第一章 ラムネ狩り 006 激紫のプラチナシルバー(仮)


 えっ、これってどうすりゃいいんだ?

 その光景を目の当たりにしたケインズの、胸が切なくわなないた。


 真っ赤に口づけされた白の髑髏。海賊である可能性は十二分に考えられた。このショックに息を止められたら完璧な被害者として死亡できるという翹企(ぎょうき)は、授業中に屁意を催す、身体想いの肉体によって阻まれた。


 思い出が走馬する。薄気味悪い絵本の掌が、みぞおちの真上からぬぐえない。握りしめても抱きしめても物理的には接触していないのだ。愛情で折檻され、反省を促すために、もう二度と振り向きはしないと母親に放置された幼少期の孤独を既視感する。


(あの野郎……!)


 ただ、電話恐怖症の人間にさえ、就職活動を開始する時期はやってくる。地点というのか、時点というのか。職を得られなくて餓死する苦痛に背中を優しく押してもらって。


 まんざらでもなさそうな顔? だからどうした。女の本音は俺が決める。負けた精子がってめいせ。レギア・ケインズは、最もナメられないで済む挙動を探りながら肩をそびやかした。『武者震い』とかいう単語も、『男泣き』と同程度にクソむかつくクソだった。怖くてママぁと泣いちゃう自分を、よくそこまで美化できたな、昔の男共は、ええ?


「おい、シャンファ、お前、何やってんだ」


 先に手を出した方が負けだからだ。本物の喧嘩では、いかにして相手に先制攻撃をさせるかが重要になってくる。それに現実では吹っ飛ばないし、吹っ飛ぶほど殴ったら人は死ぬ。更に《海賊》――集団で不良する奴らに潔い一騎打ちを望むなんて、母牛が直接子牛のカツレツを産むようになる――夢はもう叶ったのか。培養肉で。それを言ってしまえば、この話は終わってしまう――もとい、なかったことになってしまうのだが。まあ、毛皮も要るわけだしさ。


「あっ、おっ、お兄ちゃん……!」


「お兄ちゃ、んんん~~~っ!?」


 首の長さが拍車をかけた。猫背ならぬ7背(ななぜ)かな? プラチナシルバーの染髪料は激紫だから、もう紫と銀は同じってことでいいらしい。諦めよう。

 今のところ、ひとり。これを合図に“仲間”が“絆”でぞろぞろとやってくるのだろうか。ケインズは睨みを効かせてしまわないように努めた。


「なんだよ、きょうだいでよく似てるのって、マンガのキャラだけだぞ」


「オウ!? ああ……、ア? お前、それよりお前! お兄ちゃんっつったな!?」


「俺は言ってねーよ」


「アア――ッ!? お兄ちゃんっ!」


 胸倉を掴まれて呼びかけられた。

 両耳ネジピアスの浅黒フェイス。

 お前は俺の弟か。


「ということはお前、トイレ・風呂共同なのかっ!? 干してある妹のパンツを見ながらドアを間違えて開けちゃった、否! 一緒に入った過去もアリィ!?」


 何を当たり前な……、ケインズは未だに部屋もベッドも共同だと答えた。


「バカァっ!」


「ビンボウッ!?」


 ぶん殴られて、吹っ飛んだ。それから、


「これは妹のいない男子全員の分だあっ!」


 そんな声が聞こえた。

 もしも自分が似ていれば、踏ん張ることができたのか。

 似た者夫婦の子どもは似るさ。似ていないからこそ、足りない部分を補い合えるふたりが結ばれることになる。


 いや、妹のいない男子全員の中にお前も入ってただろ。

 ここまで踏み込めば逆に冷静になられる模様。

 深夜の廃墟なら危険だった。

 ここにはたくさんの人目があった。


 子分みたいなのが数名、今更飛んできたけれど、世紀既に遅し。7背のチャラ男は警備員さんたちに冷静に連れ去られた。急に自責の念が生まれた。


(煽る必要までは無かったな……)


 ではどうすればよかったのか。手首をひったくって無言で去ればよかったのか。いや、こいつが余計なことを言うからだ。妹が欲しかった男子の怨念を甘く見すぎ。こっちは父親と同じように、どうせ彼氏に盗られるんだと鬱になる日も多いというのに。

 鴨の味にもリスクがある。赤の他人と結婚するのが結局、一番良いと思うがね。


「ごめん、大丈夫か?」


「うん……、ご……、ごめんなさい」


「! おなかに当たった? ごめんな、ほんとごめん」


「い、いい、お兄ちゃん軽いから……、へへ……?」


「お前、ああいうのがタイプなの?」


「え……? んんー……、……」


「帰るぞ」


 居辛くならなかったらおかしい。かき氷をちゅーちゅー吸う。更衣室の前で立ち止まる。意識し直した矢先にこれだ。手をほどいてケツを叩いたら腓を蹴られた。ひとり入っていく最後まで、彼女は俯きがちに、下腹部をぎゅっと押さえていた。





 出てくるなり脱兎の勢いで明後日の方向へ駆け出したシャンファ・フロックスを、レギア・ケインズは慌てて追いかけた。


 荷台に積まれた古着のように、肩に下げた鞄が喚く。結構速い。初めから決めてあったのか。改装されたプールまみれの廃校を出て数分も走らないうちに公園へ着いた。それでもずいぶん疲れたけれど。今度は何が始まるんだ。

 と、彼女のリュックが飛んできた。咄嗟に受け止める。重い、というか!


(そうだ、もしPS7背が重量級だったなら、命を失っていた可能性もあったのだ……!)


 まだ奥か。

 地軸の傾斜角度を呪いたくなる太陽光線がケインズを襲う。中央なのか森林なのか、全然知らない公園内は絶望的に広かった。散歩デートにはちょうどいいのだろうが。


 どっと汗が噴き出るのも夏の醍醐味らしいね。上半身裸でジョギングしているイケメンが多いのはなんかのステマか!? これもサブリミナルなのか!?


 害虫防除の曜日を知らせるプレートの乱立したお花畑を越え、子どもたちが見守られる奇抜な遊具を通り過ぎ、人工池を傍目に芝生を踏み、えさをついばむ鳩を騒がせ、飲みたい百五十ミリリットルのサイダーをたっぷり湛えた売店をスルーして、アイスの自販機もイジらずに、気がつくとふたりはなんだかよくわからない、端っこの、謎の空間に辿り着いていた。


「はぁっ! はぁっ! はぁー……っ、しぬ……! はっ、はっ、はっ、はあ」


「っあーっ……! っは、っ、はあ、ああ……、ふうーっ、くう、ふぅ、ふぅ」


 前向きに考えろ、やっと木陰に入れたんだ。ケインズは謎のキノコ在住のベンチにどっかと腰をおろした。いてっ。昔はここに喫煙コーナーがあったらしい。


 鞄がひったくられる。いやそれは俺んだ。躁状態のテンションで、エロいとなじりながらチャックを開け閉めする妹。やめろ、壊れる!


 虫よけのスプレーが全身にふりかけられた。ああ、これは涼しい。シュシュー、待て、全部使う気かよ、落ちつけ。シューシュシュ。


 ハゲワシにたかられる水牛のように、リュックが中身を滅多矢鱈にひきずり出される。シャンファは例の帽子を目深にかぶった。眼鏡ケースをこじ開け、アル中患者が酒瓶を求める手つきで、かちゃかちゃとほじくり出し装着する。


 ずぐずぐと、

 目の下がドス暗い隈に染まってゆく……。


「ドラマみたい……、ドラマみたい……、ふふふ……ふへ」


 蒲焼を注文されたプロの手さばきで、しゅばばっと後ろ髪が調理されて、ひとつ結びの三つ編みが再見。ズボッと突っ込まれた手に、スポーツドリンクがえぐり出される。一個来た。


「はひー、つかれたぁー、もう無理、もう無理……!」


「あれで限界でしたよね、僕もなんか……、すげーやつれた気がします……!」


「疲労だわ! 疲労www 年中あんなことやっててエネルギーが尽きないなんて、リア充って永久機関なんじゃない!? 私、発見! いや君は前からごっそりコケてたじゃん! あはは!」


「、それで何か、解りました?」


「はいっ! わかりました! 『デブは細メンにモテる』www むにゅーん。やべぇおなかピザ治んないw ……ねえ。おなかだけ痩せる方法ってないかしら? 乾燥園芸用土君?」


 犬りんと足して2で割ればいいんじゃないかとは言えない。

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