第一章 ラムネ狩り 003 有財餓鬼(仮)
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誰かこいつらを擬人化してくれ!
それは高校受験までの話。全ての教科を得意な奴を、人は憎しみを込めてエリートと呼ぶ。
少なからず得手不得手はあるだろう。
これこそ想像力がない証拠ではないのかと一瞬、空恐ろしい結論が脳裏をよぎったが、それだけは絶対に認めるわけにはゆかなかった。
それだけは。
ゼロから自由に産み出すのは得意なんだ。自尊心を守るための独白なんだからいいじゃないか、僕は『逃げよう』と小声で連呼した。問題集を開くまでに二週間かかっていた。世界史の教科書に名前だけ出てくる重要人物も同じである。たとえネットで特定できたとしても、似たり寄ったりなオッサンの顔を、積極的に暗記するモチベーションが湧いてくる予感など一向にしなかった。
(擬人化じゃなくて、萌えキャラ化か)
用言の活用形を問われても、『用言』という単語から古代文字。
深刻すぎる問題だった。
『形式動詞』ってガチでなんだ!? いつまでたっても『述語』の意味さえ解らない! ――中学国語の文法である。この数ページ、この数ページを丸暗記すればいいだけだと頭では解っているのだけれど、こんなにも単調に羅列された文字を脳味噌へ刻み込む作業を、途中で放り出さなかった経験は一度もなかった。
(英語ならMまで解るのに)
男に生まれてオッサンを愛せないことはこのご時世、罪なのだろうか。
歴史――。歴史とはすなわち『人間の歴史』のことである。要するにあれは『人間図鑑』なんだ。おしゃれにそれほど興味のない女子はファッション雑誌を買わないし、爬虫類を斬りたい男子はぶりくら市へ出向かない。
「おはよぉめっくん、どっか遊びに行こぉ♡」
僕は咄嗟にスマホを伏せた。
「おっ、なにしてんの、勉強? えらいなあ。どれ、ちょっとお姉さんに見せてみ? ふふ♪」
質問したいことは山ほどあったけれど、どうせ自分は未来永劫この人を押し倒さない。
女子の理想を想像してみる。
去勢された男子。
記憶力。
子どもができるのであれば恋愛なんかしたくなかったし、子どもを作れないのであれば恋愛なんかしたくなかった。かといって、そこまで生き延びられる自信は1ミリもなかった。瞼を動かすのも億劫だった。
「なに青い顔してんの? あっ、女の子嫌いな人やった!? ほれやったらごめん……!」
あいつがいるからか。
中学までお勉強が得意だった有財餓鬼が進学校へ進んで、特進クラスへ入り、詰め込まれ慣れていなくてパンクした。
ブラよろはフリー素材だから引用してもいいんだっけ?
医者になれ? 弁護士になれ? 親が高額納税者その一でもないのに?
金を払っているこちら側が、新入社員扱いされる理屈が解らなかった。なにが制服は看板だ。それなら毎時間給料を寄越せ。偉そうに。
いい加減マゾ味にも飽きた。
そうは思わないか?
そんなものは激辛麻婆豆腐だけをおいしいおいしいと頬張り続ける幼稚園児に等しい。
美食を愛する一流として、その態度はどうなんだろうね?
いい加減マゾ味にも飽きた。
そう思う。
働いたら死んじゃう、遊ばなきゃ死んじゃう快楽主義者に、死ぬまで生産させ続けたい。世界一面白い漫画を、原作を。
中学国語の文法が理解できていなかったから古文で詰んだ。数学Ⅰ・Aを会得できなかったから化学でも詰んだ。何よりも時間が足りなかった。焼肉定食と何度もボケて白けられた過去があって、どうせ結婚できても飛ぶのである。
不幸を他人の所為にできないグズは。
ビッグな社会に負けたのだ。
ちっぽけなヒョロモヤシ男子高校生が蟻だ。
遊びに行く?
遊ぶとかいう非生産的な行為は死ぬほど嫌いだった!
ソローとトルストイとサンテックスとロックフェラーとウィトゲンシュタインにしか共感できない。
金魚を見て働くのがバカバカしくならない人間は馬鹿だ。
奴らは生涯、親きょうだいと酒池肉林をし続けて賞賛される。
農作物の負けじ魂を刺激しようと憎まれ役を買って出る農家の奥様がどこにいる?
つまりはどんな存在も、最高の快楽を味わいながらでなければ金塊を産むことはできないのである。
マゾヒストは抉れば抉るほどハピネスになるので、喜んで抉らせていただくけれど、君達も『厳しさ』という甘い汁をたっぷりとすすりながら惰性で走っているだけの『ゆとり』なのだ。好景気に就職できた方が『ゆとり』で、スマホの存在しなかった時代に説明から入っておきながら面白いと言ってもらえた語り部も『ゆとり』じゃないか。そんなことはミミズの脳、
「ほなデート。デートしよ♪ 嫌?」
叱責も命令も含められた語調だった。
表情だった。
脅迫と言ってもいい。
怖い。
願ってもないの意味が違う。
決まって最後には前言を撤回するやれナントカメンとだけは同一視されたくなかった。
『わかったにゃん♪』と踊ればいいのだ。
しかし、そんな――、と突然、きゃーっという女性の悲鳴が自室の壁を貫いた。
痛っ! いや……、
僕はややあって背中を押された。