第三章 闇髪の注瀉血鬼 02 生きよう feat. 総指伸筋/熒惑
天高く擡げられた右腕の先で、人差指と小指の間を青い光が穏やかに迸る。
聞き覚えのある、優しい電流。
光る碧い眼と青い髪。
両手の甲と左頬に表れた、金色に燃ゆる稲妻マーク。
見紛うことのない、すらりと浮かびあがった総指伸筋!
「……もう大体大丈夫だ」
「そ、その声は! 世界最強の雷兵器! 太陽の化身こと、プラウランド=ヘリオトロープ!?」
「またの名を! 万人の眼球に情熱と慈愛と感動と感涙を運ぶ、《熒惑の蒼い夕陽》!」
二〇加屋減雄が左手の指もスタンガンの先にして、腕を交差させ、フィギュアスケーターの瞼と首の動きで、パチパチと青い電気を零しながら、くるくると低空で回転。
脚が長い。
いやその口上とふたつ名は、壊滅的にダサいと思う。
技名にはまだ目をつぶれるとしても。
その動きもぶっちゃけ怖いし。
っていうか辺り一面火の海だった。
全く青くない、普通にオレンジ色の。
文句を言う筋合いは一切ないんだけど、もうちょっと加減して戦ってくれよ。俺たち非超人はお前と違って、トリプルハイブリッド個体じゃないんだぜ?
あっ、非超人って単語、気に入って何度も使っちゃった。
「お兄ぃ」
それは灼熱の太陽を、あんなにも微力なそよ風で相殺する、風鈴のような声だった。
「さっきの演説、心に染みたわ。ぐっときた。『生きよう』って、何度聞いても良い言葉ね?」
「ええ~~~っ、マジで!?」
「そう言われれば、『人に好きになられること』とか『自分を好きにさせること』とかは、好きだった……かも?」
「瞑鑼っ!」
俺はまた、さっきまで全力で守っていた女子ふたりを、寝坊した朝のお布団のように投げ出して、妹のもとへ駆け寄った。
「こぉら、だぁめだって。触らないで。人間の分際で。腥い」
「なんでさ!? ちゅーちゅーは駄目でも、ハグちゃんは赦してよ!」
いや、俺はたとえ毒爪で全身を切り裂かれようとも、御猫様に無理矢理ちゅうする男だ!
想いの力さえあれば、この世に達成不可能なことは何一つないんだからな!
「他の雌の臭いを全部、お風呂で綺麗に落としてから、ね……?」
「ああああああああああああっ! 有り難き御言葉ああああああああっ!」
感極まった俺は涙ながらに投地して、その顔で彼女の御靴へ接吻させて頂いた。うへへ。
「きゃ~っ、サンセット・オン・ザ・マーズ~っ!」
最早お父さんとも言わなくなったスー姉が大ファンだったのは別にいいとして。何故減雄にはそうもあっさりとナデを許す!? 妹よ! あの掌から、イケメンイオンでも出ているのだろうか……。
あれっ、ジャジ子は? 悪寒が走る。
俺は辺りに彼女を捜した、まさか、あいつ……!
「うわあっ、本物の高校生雷兵器、サンセット・オン・ザ・マーズだぁっ!」
「お前もかいっ!」
霆撃の電気ブルーマロンマンは、皆の要望に応えて熱い握手を交わしていた。
あとじっくりタイプの頭ナデもしてあげていた。
実際にこんな光景を目の当たりにしても、そこまで強烈な嫉妬心が沸き起こって来なかったのは、二回も妹を優先して、ふたりを物みたいに扱った俺のエゴが、ちょっとだけ赦された気がしたからだろう。
ざわざわと人の声が戻ってくる。俺は地下鉄の出入り口を見やった。ひとり勝手に大冒険をしていたつもりでいたけれど、逃走を開始した地点からは数十メートルしか離れていなかった。
そうだ、あそこで倒れている人たちも、早く再起動させてあげないと……。でもその前に。親しき仲にも礼儀あり。俺は『減雄』という漢字が書かれた白いタンクトップを見上げ、
「ほんと助かった。ありがとう」
減雄はふっと静かに微笑んで、虹彩、頭髪、稲妻マークを、それぞれ猛烈に発光させた。
「あはは、なんだよその反応」
迅雷がまた耳を劈き、全身の電気が集中して、両腕がザリガニのそれになる。
「?」
その直後だった。
アホ面をさらしている俺に向かって、ふたりが同時に飛びかかってきたのは。




