第零章 上京 032 オパールブルーに燃えさかる
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中央に絶句するハリふきだし。囲むように放射状に、立山、饗庭花、饗庭ラユア、世宇、理伊雅、セレア、らめ、リュディア、ハイド、レイ様、美髯――!
肌の色ではなく、落とされた巨大な影を表現するためのスクリーントーンが一様に貼り付けられるのは、十人十色な“驚き顔”の上。
ヴェスヴィア=ルーベラは目玉しか動かさない。
拇指対向性の顕著な素足。
烏羽の剛毛が覆い尽くす剛腕。
ガンメタルに脂光りする分厚い胸板……。
『~~~っ、ゴリラ出た!!?』
ラユアとハイドが綺麗にシンクロ。
「えぇ、うそ!? なんで!? これってもう……!!」
レイ様が再三まさぐり始めたので、ショルダーバッグの紐が谷間へ乱暴に食い込んだ。
小山のような“イケメンゴリラ”が、牙をむいて左胸だけを小刻みにドラムする。
その際、一瞬だけ上半身の全体重をかけられた自動販売機が、ちょっと目を離した隙に足元で寝そべっていた、愛しいタブレットと同じ運命を辿った。
恐れおののき、あたり構わずわめき散らす者。
冷静に実況する自分の声を、必死で動画に収める者。
無感情に携帯のカメラを、騒動の渦中へ向け続ける者……。
自分はゴリラのことをイケメンだと思ったことはないが、一番数が多いというわけではないだけで、ゴリラ顔こそ極上だと感じる男女が大勢存在するから“イケメンゴリラ”なんて単語が“貫禄のあるリーダー格のオスゴリラ”を指し示すに至ったのだろうなと早口でまくしたてる頭を、立山はただ受け身する。
せり上がった鉄柵をどうやって乗り越えて来たんだろう?
ゴールに無関係な疑問文に侵されなかった自習室には、安くてうまい定食屋のメニューが次々と運ばれてきた。
窮地で覚醒して俺TUEE?
親父が颯爽と駆けつけてくれる?
いやいや、チート級の手駒が2体も揃った現時点からは、ちょっと大きめのゴリラなんか脅威でもなんでもないでしょ?
先輩の話に掌を叩き鳴らす雛壇芸人を想起させる、大袈裟な手ブレと衣擦れの音。
緊迫する現場の臨場感を偶然にも上手く捉えられた、ベランダからのライブ配信。
「なにあれ……!? 燃えてない?」
「えっ、どこ? なにが?」
「ねぇちょっとあの娘、なんか燃えてるんだけど……!?」
「うわマジだ! えっなに? ヤバくない!?」
「ヤバいヤバい!」
遂にヴェスヴィア=ルーベラが、真の姿でも見せたのだろうか?
――違う。
メンズのカッターシャツ風のワンピ―スが。
謎の暗号、『SNOWW FOX』のインナーが。
炭化した断片をふらふらと煩悶させながら、生々しく燃えていた。
売れてることがとにかく妬ましいバトル漫画への不毛なみみっちいマウントで、『どうして都合よく服が破れないの?w 燃えないの?w』というテンプレートがある。
『!? ……!?!?』
都合悪く服が燃えた。
しかも女子の上半身の。
というか――後ろ姿しか見えていないとはいえ――、まさかのパン一だった。
シャインマスカットカラーの、水着……なのかもしれないが。
咄嗟に飛び退くイケメンゴリラ。
青い炎の翼に撫でつけられた自販機が、童心にも火をつける懐石料理の固形燃料へ変わったかと思うと、霜取り業者が必要になる程、空気中の水蒸気を吸い寄せに吸い寄せて氷結した。
結晶がスペースゴジラのように成長し、冷凍庫から決まって溢れる冷気の滝が地面へ広がる。
??
自分の衣服は焼いたのに?
翼の上には向こうの空を、力也のようなイケメンゴリラを、確かに歪めてみせる陽炎。
不自然な不可思議しか連続しない。
しかしながら、だからこそ、今ここで立山に、とある直感がひらめいた。
今更ながら、そういえば、『凍らせる電撃』も近場にあった。
たしか、SLの面々は――??
「ううう、るああああああああああああああああああ―――――ッッッ!!!」
オパールブルーに燃えさかる、炎の三角ビキニトップ!!
揚力を産み出す為なのか、叶姉妹みたいに膨れ上がった、ド迫力のブレスツをわななかせて、アルヴィオーラ=インファンタが雄叫びを上げる。
「《郷愁を覚えさせる帝氷火》ッッ!!!!」
躊躇いなく交差させる瑠璃色の両翼。
今度は吹きつけられた大寒波が、一応ガードするよりなかったゴリラの体毛に引火した。




