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第零章 上京 030 ヴェスヴィア=ルーベラ


        30



 人面だった。

 ただし地肌は、オレのゾンビが跋扈する時流に(くみ)しない、『キョンシー』のそれである。


 しわくちゃな指先の、真っ黒な爪を一瞥。目を閉じて人中で短く吸い込む。下唇で迎え入れ、チャッチャッ、ペタャッペタャッ、素早く風に乗せて耳でもASMRと、脳味噌が気持ちよくなったのか、黄ばんだ犬歯が厭らしい歯茎に、何度もぬらぬら煌めいた。


 女・子どもの悲鳴には未だに、自分の目で答えを知りたい欲求が、多量に含有されている……。




 今ここが『一番怖いやつ』だった。

 多重事故が発生した直後の歩道なら、見栄を張って平静を装って通り抜けられよう。

 キング・コングの腕の中から、可憐な少女に泣き叫ばれれば、闘志の方が湧いてこよう。




 気がつくと既にそこに居た、人面の“キョンシー”猿は、放任主義者の手で持ち込まれた、スーパーに運動会の賑わいをもたらすゾエアのように、ブレーキを知らない私利私欲で、目当ての玩具へダッシュした。


 アンドロイドの(ウワバミ)が、全体重をかけられて、抵抗虚しく首根っこを締め上げられる。

 ブッ壊れたファービーをイジり倒すおもしろ動画が、ニコニコスタイルの草にまみれる。

 反対側の手で尻尾も掴み、何度も激しく叩き下ろすと、ついに真ん中からブッ千切れた。

 耳をふさぎたくなる歓声の横波で、スクリーンが真っ白に埋め尽くされる。

 ぶんぶん、ぶんぶん、ぶん回す。

 海岸で拾った流木のように、かこかこ、かこかこ、打ち鳴らす。


『急』の次に『急』が来た。

 出し抜けにこちら側でドルドルと唸りを上げたエンジンからは、さあっと人の波が引いた。





 絶対に助からない!

 ぶん投げられた鉄の塊が、子ども達にしがみつかれる絵本作家へ、猛スピードで迫り来る。

 空想上の爆発音かと、現地の人が聞き間違える衝突音。

 飛び散った金属片の雨に打たれる。


「!」


 目を丸くして、ホエザルのホの字に口を突き出したのは、白塗り黒毛猿の方だった。

 低く響くエンジン音が青空のキャンバスに描き出したヘルメットから溢れ出す長髪のように、1本に束ねられた極太の三つ編みが、しびれる肩甲骨で渦を巻く。


『!!』


 先生ではない誰かが「ヴェス!」と大きな声で呼んだ。

 血走った(まなこ)で握力をかけられる、機械の蛇の上半分。

 自分の感情を把握する時間すらない。

 力強くしなる鉄の鞭が、仁王立ちする ヴェスヴィア=ルーベラの、小さなあかい頭めがけて、全力で振り下ろされた。





 誰もが予見した数秒後(みらい)とは正反対の現実が、眼前に広がっていた。

 ジャンクの蛇ロボットで容赦なく殴りつけた側――すなわち、オーバーリアクションの毛むくじゃらが、利き手の手首を押さえながら転げまわる。

 しかめる両目に重なったうめき声を、轟きわたる深紅の雷撃が上書き。


『!? !?』


 変身ではなくとも、変形ではあった。

 おどろおどろしい電流の(つた)に手繰り寄せ巻き上げられた鉄蛇の残骸は、重機のアームと化した三つ編み――の先端、彼女の頭上で圧縮されて、鬼厳(オニいか)つい《油圧ゆあつペンチしきカッター圧砕機あっさいき》へと変貌を遂げた。


 ブルーに見えるグレーの瞳は静かに怒りを湛えている。

 やはり単なる猫耳ではなかった漆黒の突起物までもが、頭頂部でガチガチと、カミキリムシの強靱なアゴを打ち鳴らす。


 萎縮した心とは裏腹に、恐怖で強張る猿のこぶしに、おそらく窮鼠(きゅうそ)の勇気が芽生えた。

 拳骨(ゲンコツ)と《油圧圧砕機ゆあつあっさいき》が中空で激突し、ジンジンとシンバルの()が尾を引いた。

 真っ赤な閃光が明滅、フケの吹雪をチェーンソーの雄叫びが蹂躙。

 そして――、


 空前絶後の異種格闘技戦は、被害者(づら)で右往左往してみたかった観衆の蛇心(だしん)を無感情にネグレクトして、あっけなくはないが高速で終了した。

 腐臭を放つニューネッシーよろしくつまみ上げられ、滴血(てっけつ)に連動する当たり前の激痛に、わめき散らす白黒パンダイエティ。


『!!』


 チェーンソーの動画を流すスマートフォンをアームバンドで装着する右腕が、バキバキ、バチバチ形を変えて、まさかの《火炎放射器(フレイムスロワー)》になった。

 更に天高く放り投げ終えた三つ編み(アーム)が、バックから右ひじへ連結。幼虫の脈動でドクドクと、黄昏色(たそがれいろ)に染まる質量(エネルギー)を注ぎ込んで(しぼ)む。



「溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します。溶接を開始しますか? はい、わかりました! 溶接を開始します」



『なんで攻撃する時にわざわざ技名を叫ぶの?w?w』と、つつき回さずにはいられないグループの夢を叶えた合成音声が、ブッツリと鳴り止んだ時にはもう、真っ黒に焼け焦げた肉片ばかりが、髪の焼ける(くさ)い地面に転がっていた。

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