第三章 闇髪の注瀉血鬼 02 大人っぽすぎる黒
二十億ボルトにも達する青い稲妻が、妹のいる方角から飛来した。
一閃で死の冠をこの世から消し去ったその雷土は、三キロ彼方の廃病院までことのついでに粉砕し、人食い龍のように甲高い重低音で唸り散らかして、夜の虚空へ飛散した。
白ブラウスに黒カーデ。ここまではいいだろう。シンプルすぎるが故に、駄目の出しようがない。しかしボトムスを見てほしい。あの、黒いジェギンスの上から、フレアタイプの黒いマイクロミニスカートを履くというセンス。ここが、激烈に賛否の分かれる点なのだった。
いつだってこういった議論は、ファッションは本人の自由だという結論で落ち着くのだが、視界に入るだけでも不快になるからやめてほしい、パンツかスカート、どっちかにしろ。と、怒り心頭に発する連中も中にはいる。
俺個人の意見としては、屋外でのパンチラという、今の男子にはあまり歓迎されない事故の発生率が驚異のゼロパーセントに抑えられているのにもかかわらず、ミニのフリルを目で楽しめる上、めくるめくヘヴン様からも翼のご恵贈を賜れるから、その組み合わせは大ありだ。
大人スカッツやスカートつきレギンスも最早一般的なものになったから、否定派の方が今は少数なのかな? まあとにかく、ショートヘアは勿論、ロングヘアでさえ誰にでも似合うわけではないのと同じで、スカート付きジェギンスも誰にでも似合うわけではなく、しかし、かといって、似合わない人がひとりもいないわけではないということだ。
たとえばアーティカ=アデスディーテ。中身はさておきあいつの外見は、春、夏、秋、冬、一貫して『女子の本音と自由』がテーマだ。スタイリッシュに決めたいときは、パンツスタイルで積極的にお尻を強調。可愛がられたいときにはスカートを履いてばっちり生脚を出す。気分を上げたいときには蛍光色の入り混じったトップスを着、もてはやされたいときにはピンク系統のヒロインカラーを身に纏う。
要はメリハリがあるんだ。パリッとした潔さ、威勢の良さ、格好良さがあいつにはある。
媚びているにせよあらかじめ、媚びるぜーっ、と宣言してる感が読み取られるというか。
ヘアスタイルにしてもそうだ。大半の女子は、コスプレする際は別にして、日常生活で自分がするなら、手間がかからない上により可愛いと、自分が思えるものに決めるだろう。男子がどれだけ、そんな画鋲外しヘアとか超ダセェよやめてくれよ。なんで折角のロングを全部前に垂らすんだよ。お前いっぺん後ろから見てみ? お尻みたいだろ? ――とは言えないから、ポニテ&うなじ好きのキャラでいこう。などと腹の内で煩悶していようともおかまいなしに。
自分の心にであっても嘘をつけば、純粋な正直者ではいられなくなってしまうから。大嫌いな大人のように。画鋲外しヘアとかお尻ヘアとか言ったら、また断固抗議されそうだけど。あいつだけでなく世界中の女子から。
それに対して、七七七瀬瞑鑼のファッションテーマは、俺が分析するに『男子が望む、理想の女子』『薬を産むこともできる猛毒』『男子中高生の潜在意識を鷲掴みにするラノベの表紙』……なんというか、かなりドロドロだ。そしてベトベト。まあ本人に、そこまで主張したい本音も、喉から手が出るほど欲しい自由もないから、普通の女子にはなられなかった結果、自然とこうなってしまったのだろうとは思うけれど。閉ざして隠したからこそ、暴きたい欲求を、男子の心に芽生えさせてしまったのかもしれない。
水着に関しては言わずもがな。ぱんつも白のお子様用か、大人っぽすぎる黒しか履かない。他の女子はどうだか知らないけれど、俺のひとつ上の姉七七七瀬寧鑼は、ひよこ柄とかヒョウ柄とか、自分が身につけて楽しくなる種類のそれをしっかり履くというのに。楽しむためや、鬱憤を晴らすためではなく、熱狂的な信者を作ること、それだけのために。言ってしまえば、作ったその防御壁で自分の身を守るため、に……?
ああ、そうか。わかったぞ、瞑鑼! 俺は家出少女と社会人娘をありったけの力で抱きしめながら、力の限りに叫んだ。今の男子は屋内での、いや、鍵をかけた自室内でのパンチラが好きなんだ! じゃなくて!
「お前は人を好きになることと比べたら、人に好かれることの方が、どちらかと言えば好きなんだ!」
すると愛しの妹は、右目を満ちた月のように見開き、はっとお口にお手手を当てた。
(よかった、伝わった……!)
「だからお前にも好きなものはある!」
だから、だから……!
「だから生きよう!」
「《美麗なる罵詈贈言》ッ!」
今度は中央から同心円状に拡散する雷撃だった。上空に瞳があれば、さぞかし美しい花火が見えたことだろう。言葉にできない音と光で、全身の筋肉が極限まで強張る。大量の蝶型吸血無目敵が、無残にも空中で塵芥と化す。変顔になった俺の体が、爆風で宙に浮く。
(瞑鑼……っ! 生き……!)
また青龍が網膜に融け、夜風が暴れて次第に止んだ。