第零章 上京 028 放恣な副流煙で
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コーヒーを一気に流し込むと、どっと汗が噴き出した。
慣れないことをするものでは無さすぎる。
命に嫌われている可能性にだって、昨今は支持者が大勢集まっていたはずだ。
たとえば美人が心を開いた場合の利点は、無料で果汁をむさぼって楽しい、非・悟り太郎側にしか発生しない。
そうであるならば、美人でなくとも相手が心を開かなかったことを、“相手側の悪行”だと断ずる行為は、時代錯誤な“逆恨み”以外の何ものでも無いということになる。
ろくに返事をしなかったことが、そんなにも癇に障るのか。
普通は失敗の原因を、自己の内部に探るものなのに。
魅力的な人物とお喋りしたくならない人はいない――という、当たり前の事実と引き比べて、相手がお喋りしたくならなかったということは、自分に魅力が足りなかったのだという結論に、普通は類人猿よりも脳味噌の容量が大きいから辿り着く。
どんな場面でも諦めない、思考停止Aボタン連打仮想敵を秒でボコした立山の脳裡に、『巨人症』と『短命』が明滅した。
人生100年時代の『短命』……。
『不老』が荒唐無稽でなければ、『夭折』に希望を見出したりはしないよ。
全員が終始徹底して口をつぐむ『ぼくのわたしの理想の図書館』が、いつまでもいつまでも、ひそひそと、ぺちゃくちゃと、放恣な副流煙で煤け続けるから、米津玄師に米津玄師を重ねてくる有線放送で打ち消してくれる本屋さんが、1番好きだと言い聞かせるんだ。
「――きみ、大丈夫? 顔、真っ青だよ?」
しまったと思った時には既に遅かった。
構って欲しがっている態度に見えたか。
可塑性に富んだ性格の持主なら、親切心から手を差し伸べてあげているていで、自身の周囲から陰気な人格を排除しようと奮闘しているだけに過ぎない場合も、往々にしてあるからな。
「いやぁー、さっきのはほんとびっくりしたよねー? せりあがる鉄柵とか、見た目の暴力感半端ないって! サプライズに手がかかりすぎているww というか半分以上アウトだよね? 心臓弱かったら最悪ショックで死んでるよ!?」
……明るさをふりまいてくれる、だけで済んでくれればいいのだが。
立山は差し出された“飲みかけ”を、小声でボソボソと断った。
「あれゃ? 潔癖症?」
「一周して」
「? でもなんか水分摂った方がいいよ、暑いし。塩分と糖分も」
「はあ……」
「なんか買ってきてあげよっか? はい、お金?」
いいだろう別に。立山は、『失うくらいなら最初から何も手に入らなくていい』という意見を、次第に変えてゆく語り部が嫌いだった。
理想も道理も間違ってはいまい。
初志を貫徹しないのなら、好かれなくてもいいはずだからな。
小銭をぎゅぅと握り込む彼女の掌は熱かった。
世話焼き――かなあ。
職業ってほどじゃないけど職業病。
雑に放置していった、ペットボトルの口を接写する。
18号さんだって金髪碧眼さ?
旧の背表紙では赤目だけど。
当然折り返し地点は来る。嘘くさいという表現は乱暴だから取り下げよう。同性に嫌われそうな笑顔はしかし同時に、女好きの本心が微かに薫る微笑でもあった。
途中で近所のキッズその1、『らめる』ちゃんだか君だか、『らめき』ちゃんだか君だかに、服の裾を引っ張られて肩紐がずり落ちる。
『早く』『今』――なんだよなあ。子どもの頃って。
『今』を逃して逃げられる、それが何より嫌なんだ。
他人のジュースの行方なんか知らない。
最悪オレ飲んどけと擬人化する隣の透明に、立山はキャップをキツく閉めて答えた。
へこんだ空缶を並べてあげる。
でも都会のオアシス的な所で、ロボットの虫取りが盛んになるのは――自宅に居たって熱中症のリスクと無縁ではいられないんだし――、いい未来だと立山は思った。
金魚すくいだっていずれ全部アンドロイドになりそうだ。
ミーンミーン。