第零章 上京 027 女ゎ愛嬌ォ
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走る、走る。
駆ける、駆ける。
ふたりは今、一心不乱に疾走していた。
しかしそれは、皺面に擦り込む膏薬としての“純真なひたむきさ”を養蚕できる、青少年によるスポーツの域を超えない“全力”。
――何か。
しかし“影”と暗喩するには、いささか“絢爛”に過ぎる“何か”がふたつ、憐みの欠片も残さずに、うら若きふたりを追い越した。
『――――ッッ!!』
……言い間違えた。
“跳び越した”。
そして同時に、今まさに飛び掛からんとしていた。
それはまるで、愛くるしいユキウサギを、天空から弾丸のように強襲する、カラスとトンビの姉弟だった。
スマホが無かった今のアラサーを、文語的適当に“お守り”した“ラノベ”ならここで、大好きなバトル漫画を厳烈に彩る、鎧のような擬音語を直接、地の文に認めたことだろう。
ハリふきだしと三点リーダが、乱造されて供給過多。
もうもうと舞い上がる土煙の卵膜を内側から叩き破って、鞭のようにしなるオベリスクが天を衝く。
「よっしゃ獲ったァ――ッ!!」
「ああーっ、きたねえ! おとなは! ずりぃーぞ! チート! なあ、理伊雅!?」
「…………」
「違うぞ少年! こいつは――」光る白い歯を親指でさしてウインク。「努力だ!」
「うそつけ! 人間があんなに高く跳べるか! ドーピングだろ! なあ、理伊雅!?」
「…………」
「ギャーッ、へびぃいい! やっぱ、うおお、うねるっっ!?」
「! レイさま、しっかり押さえっ――!」
紙面上から活字が消えた。
世宇と理伊雅、駆け寄るふたりがそれぞれに、怪訝な表情で時間を切り取る。
『!!』
結論から言うと、
理伊雅のズボンがズリ落ちた。
巻き添えをギリギリ免れたボクサーブリーフ、その真上。
絹に浮いた骨盤へ、ひしと密着するは三白眼。
誰も彼らを小馬鹿にできない。
追い掛け回していたネズミ、いや、指先で弄んでいた輪ゴムがはね返って来たとしても、表皮は攻守をオートで切り替えて、反射的に人身を強張らせるだろう。
まばたきを終わらせた2人の目に飛び込んできたのは、意味不明にギラギラした、大人げないコスプレイヤー2人の、驚愕に絶句する表情だった。
振り向くと中央で腰を落とす饗庭ラユア。
「うるらぁああああっ!! 女ゎああ、愛嬌ォォオオオオゥゥっ!!」
盗撮犯の肩を持つ“女性”は1人もいないはずなのに、チア部は並んで笑顔で開脚。
気恥ずかしさは、ゴールが全国大会にない、アカペラを受け取る外野にしかなかった。
男子形無し丸潰れ。
饗庭ラユア、饗庭花、そして“おでこちゃん”ことセレアちゃんが、3人がかりで“大蛇”の取り抑えに成功する。
「えっどこどこ?」
「口ん中じゃない?」
ぐいぐい開けて、ガンガン突っ込む。
出てきた宝石は、大人買いした途端に輝きを失う、クッソしょうもないお菓子だった。
「ちょっ……、オレらにもくれよ、ちょっとだけ! なっ、理伊雅も欲しいよなっ?」
「うん」
「いいよー♪」
「じゃ、男子こっち来てー♡」
たまごボーロがひとまず、コロコロと5、6粒、差し出された世宇の掌へ渡った。




