第零章 上京 024 炸裂のシャインマスカット
ふと、立山はここで連想した。
女性ホルモンを打った後に、後悔する男性もゼロではないらしい。
『一直線タイプ』ばかりなら、世界はこんなにも複雑化しなかった。
心変わり――普通はするだろう。
ヒトは生きてりゃ流動する。
もし――《L》が仮面で。
あるいは若気の衝動の一端で。
または最初から、そこまでガチガチな『男性厭悪』ではなかったとしたら?
『だからこそ』人気、支持者、後援者を得られたわけだがその後に、どうしようもなく『男性』が、やっぱり恋しくなったら――??
ハリふきだし!
視野の外から駆け込んできて、小石かなんかに蹴躓き、えびぞりでダイヴしたのは女の子。
同色のリボンベルトでパッケージングされた、彼シャツ風 長袖 白ワンピからは、シャインマスカット色のショーツが盛大にチラ見えしており、
まんまるな後頭部は同時に真っ白でもある、
藤色おさげの、女の子……??!
『!!』
2人は反射的に駆け寄っていた。
飛び起きた彼女とあわや激突しそうになって、わちゃわちゃと日本人の謝罪が飛び交う。
「えっ!? っていうかえっ!? アルヴィ様ではござりませぬか!?」
『平安京』のウエストも、ベルトじゃないけどなんかの帯で、自然な感じに括られていた。
いや、まあ、居ることは知ってたけど……。というか改めて、本当に本人なのか? 立山は基本的に、人の顔を憶えられない人間だった。メイクとカラコンでわりかし簡単に化けられるんじゃ――? いま画像を検索して、見比べるわけにもいかないし、
「……?? !? でかっ!!」
並ぶと相違点の方が際立つというのは、どうやら本当だったようだ。
巫女装束風ワンピース、なんていうのも、探せばすぐに見つかりそうだ。
「な!? やっぱでけえよなっ!? っていうか長げぇ!」
「えっ? なんかのキャラ?」
なんの話かと思ったら、どうやら自分のことだった。
堰を切ったように、矢継ぎ早に、9つも連ねた赤ネクタイ及び、革靴代わりの救急車2台へ、人差し指が浴びせられる。
いやでもしかし、これで真面目に『目立ちたくない』と思っていることも、そこまでおかしなことではないだろう。立山は自説にゆるぎない自信を持っていたので、森の巨木をイメージしなおし、揣摩臆測を好き放題、囀るままにまかせておいた。
青い空がのぞき、金の木漏れ日がさし、紅の花弁と果実と、萌黄色の新芽で埋め尽くされた密林に、ゴシキセイガイインコは溶け込んで見えなくなるものだ。
鰹も地上へ水揚げされるから、銀色の“舌”が際立って異質に映るのである。
スカイツリーでさえ、自分大好き人間には、背景の小さな飾りとしか認識できない。
自己愛が完全に欠如した生命体など実在しない。
よって自分はたとえこの場で全裸になってマツケンサンバを熱唱したとしても、歴史に記録される心配なんか全然無いわけだ。
「――っというか、大丈夫なんですか?」
「おっ、とそうそう! 大丈夫なんです!?」
女体でよだれがパブロフしちゃう、永遠の青年ちゃんと同一視されたくなさすぎて、発言内容と身振りがひどく乖離してしまったけれど、それはさておいて、
いんふぁんたんらしき彼女は、独りで土埃をぱたぱたとはたきながら、もう一度顔を上げた。
「ああ、うん。大丈夫――、って!!」
突然、大急ぎできょろきょろと、辺りを見回しはじめる『アルヴィ様』。
「ああっ! いない!」
「居ない?」
「なにが?」
「カメよ!」
『亀ぇ??』
「飛行亀! ビュンって飛んで! 金色の! 見なかった!?」
『??――、見なかった……、けど……??』
トビトカゲ、トビヘビ、トビガエル、トビヤモリ、ウミイグアナ、ウミヘビ、ウミガメ、ミズオオトカゲ、ミズヘビ、アシナシトカゲ、ヘビクビガメ、カエルガメ、カメガエル、ワニトカゲ……。
例外ちゃんは数多く存在すれど、空飛ぶ亀こそ、ガメラ以外で聞いたことは無かった。
「む、そこか!?」
草むらというか、茂みというか、乱立する新緑の青もみじ。その根元。
咲き乱れる赤ツツジへ、頭から突っ込んでガサガサ。
今日の一枚。
何が彼女をそこまで駆り立てるのか……。
金色の『トビガメ』なる生き物を、本当に発見できたら――?
ノーベル賞ものを大きく飛び越えて、異世界転移ものである。
絶対に本当に見たのに、どれだけ熱心に力説しても、一向に信じてくれない大人は大嫌いだったけれど、見間違いを認めざるを得ない決定的な証拠を突き付けられて、敗北の苦渋にむせび泣いた記憶も、今では立山の手許にしっかりあった。
色恋を解せないちびっ子たちの眠気も、ようやっと吹き飛ぼう。
慣性の法則はこんな所にも、深く根を下ろしていた。
「~~~ッッ!!」
「うぅわっ! なんだこれ!? ヤバいって! やばない!?」
「キャーッ! キャーッ!!」
女性の甲高い声が、而立以前よりもキンキンと神経に障る。




