第零章 上京 023 京言葉じゃなくっても
「十中八九、品種改良だろうね」
しかしそこには僅かではあれ『善意』を見出すことができて、下位存在からの希望的観測が含まれているようにしか思えず、立山はまだまだ楽観視できない。
「下位存在にも2種類ある」
また2種類か。
「たとえばメダカとザリガニが、同じ水槽に入っている。――これが今までの『平等』だ。個々の知能に、あるいは美しさに、絶対的な違いはないのに、腕力には差があって、それだけで優劣がついていた。弱者が泣いても叫んでも、ドブ川が清流へ戻ることはなかった。
その状況を目にした全てのヒトが絶対に手助けしたくなる、とは言わないけれど、両者を別々の水槽へ仕分けする作業は、メダカ本人でもザリガニ本人でもなく、更に上の次元で住まう『上位存在』にしか、絶対に実行はできない」
壁が除かれる車中トークで既に、相手の目を見て話すことの悪逆性は証明されていた。
「リアルなメダカは、救い上げて宝石へと改『良』してくれる人間を、自力で具現化したわけではないけれど、比喩表現として、メダカサイドへ『大別』できる『人間』は、『種としての人間』を単純な多数決以外のものさしで仕分けられる『上位存在』を――、具現化することに成功した」
「…………」
「もちろん教室の中が『メダカだけ』になったところで、その中でも優劣はつけられるわけだが、『美』も『醜』も一緒くたに、大鋏の餌食になっていた時代とは、心証的に大きく違うよ」
過去:『ザリガニ/優遇』→『上位存在の到来という決定的な境』→ 未来:『メダカ/優遇』。
「――このように全体を俯瞰すると、みんなの大好きな『平等』を発見できる。『勝ち気』は戦前に優遇されていた。『お上品』は戦後に優遇される――。『個』としての自分の内側から見れば、過去の同志に申し訳ない気持ちで、甘い蜜をねぶる選択に引け目を感じてしまいがちだが、それはもう『万人が高機能のPCを手にしている』という好条件のそろった地点から走り始められている時点で、不要な遠慮になっていたはずだ。昔は昔で、ナウシカのiPadを描いて見せて欲しいという、キッズからの要望が今よりも多かった」
それでも立山は、「それなら安心だな」とは思えなかった。
どう考えても、うまく煙に巻かれている。
そこで終わりなら、わざわざ誰かが今から熱心に活動を開始しなくても、話はもう既に完結しているようなものだからだ。
「早めたい者がいるってことですか?」
「……、傷口には迅速な処置を、施したい施したくないにかかわらず、施した方が『善』になる場合が多いんじゃないかな?」
「“平和的利用”とは」
「平和とは自国の勝利だ」
「“悪魔”とは」
「ツノが2本の二枚舌」
「…………」
突然に。
立山はずっしりと“老い”を感じた。
『何やってんだろう、俺』。というやつだ。
集中力が切れたのか。
情報が無益であるはずがないという考えで、取材のチャンスに飛びついたのはいいものの、精神の容量を超過してブラックアウトした。
砂漠で見つけたオアシスの水も、流し込み続ければ胃袋を破裂させる――
それにまた、危ない、危ない。立山は心の玄関をしっかりと戸締りし直した。
娘へのおみやげ――娘さんがいるということは、奥さんもいるということだ。
めちゃめちゃにリア充じゃないか。
我が子に娘を望まない男子が居るだろうか!?
まあその娘さんが、想像もつかないくらい、ドス怒髪天荒なパーソナリティであるという、可能性も勿論、ゼロではないが……、
逃げも隠れもしていない『ハイリスク』がそこにはあった。
ヒット作を世に出せてもいないのに『書き方本』で小銭を騙し巻き上げる詐欺師から、教えを乞う訳にはいかなかったとはいえ、『ガチの成功者』の生の声を耳にすると、劣等感を通り越した敗北感で、勝手に感じる圧迫感で、心身がダメージを受けるのだ。
「キミは『名声』に強く惹かれるタイプかい?」
「『写真』も『自分』も、好き嫌いが極端に分かれますよね? 神経が正常であれば、高度に情報化した現代社会で生活していることを普通に理解できていれば、三歳児の知能が脳味噌に備わっていれば、個人情報が漏洩する危険性は、最小限におさえようと努めるはずです」
「だったらキミは、欲しくもない勲を手に入れて、動画を世界中に拡散された挙句、好事家連中から追い回される未来へと辿り着くだろう」
運命というものは意地悪だからねぇ。と、先生は長い掌を組んで、前のめりに微笑した。
成程。
その理屈には、疑心を差し挟む間隙がない。
先生にも『特に望んでいなかった未来』を、褒美として賜った経験があるのだろうか……?
サイコパステストで正常と診断される凡人が、自己を投影したヒーローの引き立て役として暴れさせた粘土細工を、絶対に極悪人とは認めたくない自分は少なくとも、悪人をやっつけることに快楽を見出す自称正義グループへは所属しないんだろうなと、立山は予感した。
「サイコパステストで正常と診断される凡俗に、リアルな凶悪犯を描くことは可能でしょうか」
「んー、『完全新規』は難しいんじゃない?」
なんだかよくわからない、へたくそな対談は、この時点で本当に切り上げとなった。
「……ねえ、あっちゃん、トイレどこ?」
「あん?」
座高までタワーなツリー野郎だけにしか視認できない、ということではないのだろう。
京言葉じゃなくっても日本語だ。