第零章 上京 023 淡紫色の海藤花
「――でも、実際、可能なんですかね?」
「?――」
立山が手ぶりも交えると、先生はまた肩幅で応じた。
「真偽はともかく生物学上は、『ホモ・サピエンス』だってチンパンジーの一種なんですから、『ヒトを死へ追いやるウイルス』は、チンパンもボノボも死滅させるでしょう? 類人、いや、全ての『猿』へ影響が及ぶかもしれない。それに――
『もしも蜂が絶滅したら』という空想科学がありますけれど、人類が絶滅したって、大量の『種』が、近縁であるなしにかかわらず滅ぶはずです。ウイルスが感染しないことなんか飛び越えて。バタフライ効果で。
――まあ、『人類だけを絶滅させる』なんて発言は、見破られてもどうでもいい『嘘』で、『とにかく人類を絶滅させる』が真実だった場合、一転して一切、打つ手がなくなりますが」
ウイルス。
毒。
大量死。
そして適応。
奇跡的に生き延びられた個体から、新種としての再スタートが始まる。
立山が連想するのは、
海獣の瞳を一時的に手に入れられた、タイのモーケン族。
一周してクールー病に耐性がついた、ニューギニアのフォア族。
そして今後の学習に期待されている、オーストラリアワニ。
学習……。
「学習が出来過ぎたがために消えてなくなる、ってパターンもあるよね」
「?」
それは、どういう――
知りすぎてしまったが故に消される、みたいなことか?
「絶滅には2種類あるってことさ」
「…………?」
2種類?
「なんにでも『外側』というものがある。人間にでもPCにでも。デスクトップ型であれ、ラップトップタイプであれ、タブレット状であれ、こいつはパソコンだ」
腕時計を見せてくれる際の表情は、心なしか童心にかえって見えた。
立山は世代的に、二重の意味でピンとこなかったが。
「昔のたとえでアレなんだけど、中身が『7』のPCに着目すると、」
ああ、そうか。
「OSが『10』に変わったPC本体。こいつは物理的に破砕されていないどころか、生存競争に勝利した機体であるとさえ言える。中身がグレードアップしたんだからね? ――でもそれは、外側から、こいつを使う人物の視点で下した結論だ」
「つまり――、上位存在から見れば、『外側』が人間なら間違いなく人間。人が『7』でも『10』でもPCだと認識するように。しかし本人が『内側』から予想すれば、『外側』が当人でも、改変後のそいつは赤の他人……あっ」
「どうした」
「いえ、これだと3種類になりません?」
「……、……『瑕疵』だね?」
「『瑕疵』っすか」
まあ自然界の生物に限定すれば、ガワは同じなまま、中身だけ別物になる、なんて現象は、発生――しないだろう。うん。
嗚呼、だからこそ『人間だけ』を。
「脳味噌を肥大化させたら、全エリアを征服できると思ったのになあ」
「できてしまったからこそ、罰が当たったのかも知れませんね」
いつまでもいつまでもバトルシーンが始まらない映画に飽きた子どものように、ヴェスヴィア=ルーベラが欠伸した。
季節外れにも程があるので、天蓋でさやさやと群れを成して熱気を焦がす、淡紫色の海藤花は、柳の様にしなやかに騒音問題を善処した、新時代の風鈴に相違なかった。
白派と青派と緑派が、掴み合いの喧嘩をするフリルオフショルダーから、なんのひねりもない海辺へ飛躍。
当たり前に規制の厳しい朝アニメで味わわされた『もどかしみ』を、すべて解消してくれているはずの深夜アニメからはどうしてか、『独りで人生ゲームを延々プレイし続ける地獄』と、『網の上に残された黒焦げの脂肉を食べ続ける地獄』が同時に押し寄せてきて、頭痛と嘈囃を立山に残した。
ヒロイン全員が無条件で主人公に惚れ込む話が売れる! ――というマニュアルを、ほんの少しでも否定されようものなら、マウントを取り返そうと全力でKDTるくせして、一番好きな作品は『HUNTER×HUNTER』なんだな??