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第零章 上京 023 凝血する勢力


        23



 幸せの青い鳥パターン。

 灯台(もと)暗し。

 方々ほうぼうを探して回るも、財宝は遠いどこかではなく、実はスタート地点にありました。


「これは『責任』と『反省』の話だ。いや、この童話そのものが――ではなく、抽出した教訓を現実に当てはめると――だ。『全ての不幸の責任は自分にあった』――こいつが『悟り』なんだから。


 反省――これは別に海外旅行なんかしなくとも、自室でできることですよ。馬鹿であるが故に悪人な自分が反省して成長すれば、周りの負担が軽減して、好意が自分へも巡ってきますよ。それが人の幸せですよ。つまり誰でも自宅で豊かになられますね? というお話」




 オズの魔法使いパターン。

 プラシーボ効果。

 最後にロハで譲り受けたかった “強さ”は、ゴール地点へ至るまでの冒険で、実は養われていました。


「記憶力が高いか、低いかによって、何をお宝と定義するかが違ってくる。過去が掌の砂の様に毎秒零れ落ちてゆく脳味噌には、まさしく消去法で、目前の金品の方がより“お宝”らしいものに映る。反対に、嫌な過去まで忘れられない脳髄にとっては、『10年分の思い出』が、『10年先の未来でしか絶対に手に入らない、お金では買えない宝物』である」




 桃太郎パターン。

 遏悪揚善(あつあくようぜん)

 ゴールに宝も姫もある。

 ※ただし絵本の中に限る。


「宝箱には間違いなく1000万円入っているという約束を受けて航海に乗り出し、荒波を越えて辿り着いた最終地点で、『スタートしてからここへ至るまでに経験した全てのことが、1000万円相当の宝物なんだよ』と抜かされたらブチギレる。


 ――が、しかし、本当に宝箱の中に1000万円が入っていたら? 手にして正直、なんと思う? 『本当に欲しかったのはこんなものじゃない』と、格好をつけたくはならないと言い切れるか? 金は汚く見えてこないか? 振り返って比較するとどうか?


 そこでどちらかひとつを選ばなければならなくなったら、1000万円の方をうっちゃらかす人だって少なくはないはずだ。大ヒット漫画の最終回なんか読んだって一体なんになる? 連載が続いていたあの頃の方が、1000万倍楽しかった」


 現ナマまでそろえなきゃヒトの心は豊かにならねえのかという穿った見方に、結局あっさり手放すんだったら『これまでの冒険が何よりの宝物だ』と叫ぶ(から)の宝箱をはじめから抱きしめておけばよかったんだという、身も蓋もない正論がウロボロス。



「――ぼくは歳をとりすぎた」



 いま現在(ねぐら)にしている日陰だけに、冷涼なる秋気(しゅうき)が差し込んだ。


「バカだと悟る前にやり遂げてしまわなければならない仕事もこの世にはあるのかもしれない」


「――と、言いますと……?」


「後悔でもないな、失敗ともまた違う。えー、つまり、ぼくが今いちばん気がかりなのは、『初志貫徹』の問題だ。『達成されない』ってことなんだ」


「?……」


「結局どんな『大意』も、実行者が“聡く”なってゆく過程で、ひどく個人的な幸せのゴールへとすり替わってしまうのならば、万人が一度も大志を抱かなかったことと同じになる。自分が加担しておいて なんだけど、もしこれが絶対に避けられないものであるならば、この世にはどこにも希望が存在しないことになる」


「……――」


「無論、その法則は同時に、『悪なる大意』の崩壊も、幇助というか、促進というか、底上げしているのだけれど。それはそれでまた、特に小説の中身なんかへ、侵入されたらたまったもんじゃない」


 ぼくは歳をとりすぎたと、ごにうろ先生は繰り返した。


「意見を変える。信念を曲げる。途中で投げ出す。諦める。尻尾を巻いて逃げ出す。――これらを良しとして1歩目を踏み出すバカはいない。絶対に遂行すると、固く心に誓っていた――。


 しかし歳をとって振り返ってみると、別段賢くもなかった――というよりは、未熟で粗野で野蛮だった『過去の自分』に従い続けることに、次第に耐えられなくなってくる。『「少しは成長した今の自分」の判断に従う道を諦めるのか……?』ってね」


 そういえばと立山たてやまは、記憶の砂を食指に遊んだ。


「『一直線であることの天才』」


 ――饗庭花(あえばほゎ)にしろ、自分にしろ、いま現在、この場所へ流れ着いていることが、まさにその法則の実在を裏付けていた。


「生まれつきそうじゃなきゃ、いけなかったんだよな……」


 大志は無感情に砕かれ、あるいは必然的に大破して、第二、第三の本命(みなと)へと流れ着く……。


「じゃあ先生はその天才に、巡り合えたんですか?」


 口の方が先に訊ねていた。

 本当は能動の才能に乏しいから、こうして停滞しているだけなのだ。


「いや、役不足だったよ。口語的な意味でね」


「、そうですか」


 立山たてやまは心臓に逸るなと指図した。


「というかある意味……、そうか。自分もそうなのだろうか?」


「?」


「ヒーロー大好きサイドは、悪役応援サイドに、多数決で敗北した経験がないけれど、それは実は『どちらか一方に決めなきゃいけない』という縛りのもとに集計したアンケートから紡ぎ出された統計かもしれないじゃないか」


「、それ以外のパターンは、少なそうですけれど……?」


「『正義側だけを応援! これが当たり前だよなあ!?』『ヒーローとヒール、両方を選んでも良い!』『悪役しか支持しない!』――これら3つの勢力があるとする」


「仲間になった昔の敵は、正義ですか悪ですか」


「うむっ!? 個人的には……善だと思うが……」


 勢力は3つ以上ありそうだった。

 泥ワイン理論で。


「ともかく! 自己矛盾がない『一直線タイプ』は、善であれ握であれ、止まらんだろう? 絶対に他人(ヒト)の言うことを聴かない。情に一切流されない。合理、全体、損得、最善! これだと決めたものを手に入れないことがない! ――そこがまあ、格好良いわけだが……、でもこれが事実、めちゃめちゃな難問で……、どうしても選びきれなかった。というわけだ」


 というわけだと言われても。

 ああ、初志を貫徹できなかった――的な話に繋がってくるわけか。


「キミもまだまだ若いよ、ぼくに言わせればね?」


 ……、重い……。


「普通は『葛藤』や『良心の呵責』に、多大なエネルギーを浪費してしまうものさ。それなのに――」


 先生はやっとエンジンが温まってきたようで、立山たてやまもまだまだ聴いていられたのだけれど、日に焼けたデカ妹ちゃんがハイテンションで覗きにきたので、この話題はここでうやむやになった。

『友達の家に遊びに行く』は、『目を離した隙の出来事』に数えない。

 将来は遊んでみた動画で、コンスタントに再生数を稼ぐのだろう。


 余っていた たこ焼きを笑顔で全部持って行った後に、話の続きを高速で一応吐き出さずにはいられない、ヤンキー上がりはいなかった。


「、ごに郎だと思ってましたよ、最初は」


 もしくは『ごにう郎』。


「はじめの頃は妙に読みにくいのが印象に残っていいかなと思っちゃってね。でも途中で気がついた。美男美女の美麗イラストが表紙を飾っているわけでもないのに、めちゃめちゃ売れてる少年漫画がいくつかあったことに。だからちゃんと『ろ』と『う』の間をあけてもらうことにして……、というかよく知ってたね? 今更だけどw」


「まあ、あの絵本は、ゆうめいですから……」


 お互いに『ところで』とは切り出さない。


「――でも、実際、可能なんですかね?」


「?――」


 立山たてやまが手ぶりも交えると、先生はまた肩幅で応じた。

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