第零章 上京 021 狡童よりも悪である
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『Super eLders』。
リニアモーターカーに対する闘志的なものも込められているのだろう。
『遅くて安い』は『高くて速い』に昔からタメを張られたし、もとよりこの世には、『結論重視』と『過程重視』が半分半分だった。
日に焼けて筋骨隆々で機敏で、当然車の運転も達者で、毛量も衰えることがない。
そんな面子が集まった、あくまでバンド。
お年寄りのメイクをしたアスリートを装ったお年寄りが明かした正体はアラ還。
といったボケは大いにウケた。
同年代をはじめ、その世代へ陶酔する男女および、女性に恋しない男子から、オジ専の女子中高生まで、着実に人気を集めていった。
そして今日。
異常気象なんかには負けないゾ、と地球からの喧嘩を買ったのがいけなかったのか、ある者は突然に寒気を訴え、ある者は原因不明の貧血で昏倒して、大勢のファンを複数の意味で悲しませることとなったのである。
表向きは当然、『ああ見えてご老体だったから』……。
快く思わない者が毒でも盛ったか?
あるいは――
その時ふたりは、はじめに腰をおろした場所へわざわざ戻ってから、有料にならなかった紙袋を、いそいそと開いていた。
レジ袋に金払え! 法律で決まった! と正論でレスバに勝利する堅物から、易々と顧客を自社へ引き寄せ、森林伐採が加速する。
とかく笑いの沸点の高い我々は、「陰キャww」と陰でそしられがちだが、別にこちらも、隅っこ単体を愛しているわけではない。
目を見て話せと偉そうに説教を垂れる癖に、集団で後ろ指をささずにはいられない連中が、純粋な害虫であるだけだ。
猿だってケアのし辛い背中の方を、優先的に毒してくれとは頼むまい。
選びきれなかった花ちゃんへ、計画通りにおすそわけ。
水を飲まないことに驚く彼女に立山は驚いた。
「ぅうおっ!?」
『!?』
長い脚の残像が二度、天へ昇って、『50』シャツの荷物持ち氏が舞台から退場する。
深紅の彼女は既に中空で舞っていた。
身をよじり終え、ベンチの上に音もなく着地。その身のこなしはまさに猫。前傾姿勢に続いた三重螺旋が、苛政よりも猛々しい虎児のように、真上からの素粒子に逆らって波打った。
なんだ、なんだ?
何が起きてる?
なんでおっさん、いきなりひっくり返ってんの?
「ヴェス!!」
「っ!」
逆立てていた殺気が急下落する。
叫んだオヤジがあわてて起き上がるも、小学生のあるある通りに、背中のリュックが嘔吐した。
掌サイズのぬいぐるみが沢山散らばる。
それは蟷螂の卵が蜘蛛の子を散らすようでもあった。
「大丈夫ですかっ!?」
案の定、うちのオジ専ちゃんがオーバーに反応。
大丈夫だろうよ。と立山は、死んだ魚のような目で傍観した。
秋風をひとり受ける端正な横顔。
ハイライトまで消失させる必要があったのか、『ヴェス』と偶然目が合うことはなく――、
誰が居た?
哺乳類を選ばない女児に違和感を覚える、己にも立山は違和を感じた。
感じられた。
感じられてよかったと言っても過言ではない。
ロシアと日本は『男尊女卑』の傾向が強くて、『立ち上がろう、女性!』といった国外からの激励が、国民の心に響きづらかった――というような話を、どこかで読んだ記憶が閃く。
まあ、ぬいぐるみは全部『毛物』のようなものだが、それではアイデンティティである体毛を一切失い、ゴツゴツの爬虫類へ近づいた“金属生命体”に、感興をもよおす女子の方を説明できない。
話は逸れるが根本的に、これは女性同士の戦いなのではないかと、立山は思うことがある。
大別すればそりゃあ、サディストではありえない忠犬タイプ。『父性』に従事する生活を理想とする女性の割合が、もしかすると少なくとも日本には、多かったりするのでは?
そして、指図されるのが嫌いで仕方ない少数派が、男性のリーダーと衝突することになったのだ。
あるいは多勢に無勢、主義を叩きのめされて、悲痛な叫びをあげることとなった――
「…………」
「…………」
3時間の散歩動画から、2、3分の『いいとこ』だけを抽出しても、リアリティを軽視したことにはならない。
ライブ配信中なら今すぐに、まくしたてるように質問攻めにすることも、善になろうが……。
立山は毒なる二酸化炭素を、ゆっくりと限界まで吐き出して、川から突き出る巨大な岩を、しっかりとイメージし直した。
周りがせわしなく流れていくのは別にいい。
流される草葉にも罪はあるまい。
では流されなかった者は?
踏みとどまることができたところで、嫉妬や羨望、後悔に、時間と気力を空費してしまえば、結局それもまた敗北なのだ。
クソ真面目に持ち場を離れませんでしたが、同い年のメジャーリーガーに対する劣等感で押し潰されてしまいました――こいつは、こっそり抜け出して羽を伸ばした狡童よりも悪である。
また、『流されない』を徹底するなら、最低でも辣油観光バスはつっぱねておかなければならなかった――というお叱りも聞こえたけれど、いま立山が思い出せる有意義な目標は、彼女から頂戴した『取材』だけなのであった。
…………。
……。