第零章 上京 020 とあるなろうの人間観察
トップスは水着のフリルオフショル。
ボトムスは黒のスキニーレザーパンツ。
アームカバーと一体化したUVカット手袋も黒。
足の指でつまみあげた、ウェッジソールサンダルをぷらぷら。
あくびに誘われたベニシジミチョウを、じっくり追いかける双眸に、青色の雲が流れる。
髪の色はモーターショーでライトアップされた新型車と見紛うメタリック深紅で、頭には鉄のプレートからくり抜いて作ったような、真っ黒の猫耳(?)が生えていた。
普通のショートヘアかと思いきや、ずるりと首をもたげる猫の尻尾ほど蛇に見えるものはなく、女子がこぞって可愛いと感じる、『前髪もサイドヘアも全部編み込んだ三つ編みポニーテール』ではないだけだった。
※チョコレートねじりパンは《2つ編み》。。。
※今更『♡』を数珠繋ぎにするのはエチケット違反。
大食いで、悟空にマウント、下位互換。
長瀞、長門、長瀞、長門!
瑕疵、瑕疵、瑕疵、瑕疵!
背負ったり抱えたりしているものが、当人の荷物だけではないことは、立山にも直感で解ったのだが、ナチュラルに寄り添う先の深紅ちゃんは、娘にも妹にも奥さんにも見えなかった。
……。
まったく他人のことは言えない。
さておいて外見。
座っているので推測の域を出ないが、身長は190弱だろうか。あのくらい低ければ丁度よかったのにと、立山はいたずらに足元のアンビュランスを点滅させた。
鼻のキュビズムを最も自然に活かせる横顔――の輪郭を、近視用眼鏡が一段落下げる。
男の目には怪しく映る、女ウケする柔和な微笑。
立山はまた、女子なら、急な雨で塗れた袖を肩まで捲り上げる所作と肩幅と、一周して帰ってきた日本人離れした鼻筋に、女顔な訳ではないからこそ、ときめくのだろうと予想した。
長女の顎がしゃくれる危険性を一切回避する気がない、自分の好みの顔を好きな自分の魂の叫びが聞こえる。
『人を見たら泥棒だと思え』を信条としている男から見なくとも、彼のTシャツには大きく『50』と印刷されていた。
50……??
『コスプレして人目を惹く』というのは、金銭の問題を無視すれば誰にでも実行可能だが、『容姿が整っているがために浮いて見える』というのは、誰にでもできることではない。
だから違和感。
普通は普段着を雑に纏ったりして、結果、意図しなくとも美男子レベルが下がる。
風の子専用のドッグランで、ファッション誌の表紙を飾らんばかりの恰好を崩さない。
だから不自然。
彼は小顔ゆえに実際よりも高身長に見えるタイプでもあった。
180強でも充分、高身長なのだろうが……。
血色がいいことを色黒とは呼ばない。
ヒゲのない口元。ブルーのサングラス。
後ろ髪の長くない、プラチナ・ブロンド。
大胸筋の厚みがよくわかる白Tには、犯人が新聞紙から切り取った風の『P 虫 角 や 牛 刀』という文字が、ちぐはぐに踊っている。
つけられたリードを嫌がらない猫を、散歩させている2人組。
片方は『ハロウィン』で、もう片方は『平安京』。
――端的すぎたか。
でも遠ざかるほどに情報量が増えるってのもありえんだろ?
逆の逆に、あんまし凝視するわけにもいかんし。
単純に奇抜すぎても天邪鬼が働いて、人前だからクールを保てと、理性から指示が来る。
猫ちゃんの写真撮影がメインかな……。
『ハロウィン』ちゃん。
色使いがそれっぽいから。
『レ』と『ラ』を抜いたら沖縄になる――を代表とした、万人納得の『形式』がある。
丸眼鏡にふくよかなバスト。
両頬ではなく鼻柱を、ほのかに彩るそばかす。
よく無個性な魔法使いが何の恥ずかし気もなく未だに頭に乗せている、《オレの辞書の三角柱》は、ショルダーバッグの“柄”部分へと、小さく追いやられていた。
『平安京』。
着物風ワンピースの、十二単版。
ただ全体的な彩は、虹色ですらなく、また端的に表現するなら『あずきをトッピングしたブルーハワイ&メロン(※かき氷)』。
隣のハロウィンちゃんの方が低いのと、またしても小顔効果で相乗して、170弱にはとても見えない。
右目を覆う眼帯は、“雪の結晶に稲光”。
メタリックパープルのツーサイドアップを、“ギザギザ鋏”で閉じてある。
連想で妄想へ飛躍する。
テンプレな女顔を太眉にしただけの、声優まで女性な男性二次元アイドルに熱狂する女性陣は別段、美少女とおっぱいとお尻を大好きな本音を、誰にも隠してはいないと思う。
顔を真っ赤にして違うと否定する仕草をイジり倒す行為で好感度を上げたいと想う、ママしか知らない自己愛男子が、丸めた新聞紙で思いっきりひっぱたかれて悪循環。
既視感の出所は饗庭姉妹にあった。
視界の端で息づく肉が、不随意の“ご想像”で誰よりも色づいた。
二次元にしかありふれていない三つ編みのおさげなんて、本編に一切関係のない表紙イラストよろしく、“ご想像”で随意に着脱すればいいんだ。
その饗庭姉妹――の妹の方、饗庭ラユアは、宣言通りに水辺で戯れていた。
まあ渡り鳥は、一番疲れる先頭の仕事を、交代しながら飛んでいるらしいが。
疲労や負担が極力おさえられる道を見出す観察眼に優れているというか――。ルールを破ったらしっぺ返しを食うので、最も楽な道を求めるわけにはいかないというのが絶妙だ。
薄弱には阻むことのできない、岩のような意志は無し。
だから目的地に到着したら、仕切り屋がお終いと手を叩くまで、ただただ満喫するだけ。
今夏のトレンド、透け感のあるオーバーサイズコーデさんが、ゲリラ猿児に見舞われる。
水をぶっかけ返していたので、普通に考えて誰かの保護者。悪くても、ノリの悪くないご近所さんだろう。
お母さんだと言われてもしっくりくるし、大学生のお姉さんだと言われても得心がいく。
「……っ、と、あれは……!?」
「うん?」
背景を書き込む労力を、ぼぼオールカットできるという、小説の形式に限定される利点を、代価に差し出すつもりはさらさら無いけれど、この時ばかりは漫画のように、『ウォーリー形式の1枚』を、はじめにバン、と提供し様がなかったことが悔やまれた。