第零章 上京 020 都会のオアシス的な
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辿り着いたのは、『街の駅』と呼ばれている、都会のオアシス的な場所だった。
「だいたい子どもは、浅い水場と噴水あったら、いちにち遊べるんよ?♪」
何弁なのか。
そして誰視点……。
てっきり未熟を装い続ける痴態を演じ始めるのかと思いきや、流石にそこは、5歳児では最早ありえない、小学5年生。
気分が乗らない。みたいな返事をした、ほゎちゃんをそれ以上刺激することなく、屋根のある休憩場所へふたりを牽引し、鷹揚にあぐらをかいてスマホ。
なんのためにここへ来たのか?
今から何を始めようというのか?
それとも本当に、立山とかいう、見知って日の浅い引き籠りに、純粋な親切心で『取材』の機会を与えてくれただけなのか?
まさか。
いつの間にか声が出せなくなっていて、光の下で活発に囀り合うパーリィが一気に、スクリーンと観客席ほどの隔たりを寄越して華やいだ。
スマートフォンで視力が低下するマサイ族へ思いを馳せながら、百の説明を目玉から直接、鼓膜へぶち込ませていただく方法で、1の映像を再現する努力に、求められる最低限の燃料を、どうにかこうにか掻き集める。
国道沿いにあるホムセンの駐車場が、文明に良い感じに置き去りにされたような景観。
一見さんお断りな紅葉狩りのようであり、花見客でにぎわう大邸宅のようでもある。
西、北、東の三方向は、コの字型というか、凹、いや、真ん中がもっと長い『ホッチキスの芯』の形のマンションに、ネットの地図で確認しても囲まれていた。
適当な田舎の道端で構えたら、3年ともたなかったであろうプレハブの出店もどきが、立地条件に恵まれすぎた結果、“焼きたて”にしかほぼ価値がないというのに繁盛している光景は、アジアアロワナの濾過装置で生き延びていた小赤を、眼前に鮮明に混泳させた。
人間の生活に役立つ物質を大量に生産しているわけでもないのに、工業地帯クラスに広大な土地を有する学園――。マンガの中でごく普通の中高生が通っていたら、『ありえねー』だの『ありきたり』だのと、クソほどコケにするのに、結局モブに過ぎない高校四年生が親の金で通学を開始すると、当たり前どころか、至極現実的な、究極の理想に変わるらしい。
キャンパスライフは楽しいぞとそそのかされなければ、一生懸命受験勉強なんかしなかった。
ただし運動系の部活動やボードゲームを楽しめる者、つまり思い出、要するに記憶と感情を、主体とする生き方をする人間に限る――と、注釈をつけないってのは即ち詐欺だ。
もしも大学で無駄に溶かした500万円を、18の若い肉体で、執筆の初期投資へあてられていたら……。
子どもは遊ぶことが仕事だなんて台詞は、遊びがあれば大概どんな仕事でも頑張れるタイプの大人が、幼い頃の自分を慰めるために発しただけに過ぎない。
普通に考えれば、手元の金銭を減らすよりも増やすことの方が、楽しいに決まっているじゃないか?
『遊ぶことに金を溶かす』なんて、世界一のブラック労働で絶対に間違いがない。
遠回り過ぎるんだよな。名誉なんか最初から要らなかった。労働のいろはを、物心つく前から叩きこんでくれていれば、こんなにも遅咲きにはならずに済んだんだ。
褒められることが特別快感だったわけではないけれど、勉強をしておけば機嫌がいいなら、その方向で正しいんだと安心するじゃないか。
小・中学校の成績がよかったくらいで、自分は勉強に適性があるだのと、錯覚してしまう。
――なんにせよ、夏休みの宿題をうっちゃらかして遊び惚けた連中の方が。悪さをして叱られても、ルールを破って怒鳴りつけられても、一切反省しなかった鉄面皮の方が。大人になった今、自分よりも大成している事実は、而立を通過した立山の生傷に、改めて鋭く沁みた。
真面目系クズだけは、一周まわっても使い道は無いのか?
出る杭となって打たれる結果に終わろうとも、常識を逸脱することが、成功の最低条件であるのなら、上の人の機嫌を損ねずに済ませたい欲求との両立を、諦めたくない者は死ねということじゃないか?
絶対に正しい体育会系様から教わった通りに、しっかりと『諦めない』つもりなのに!!
「ラユ子ーっ、来たぁー」
「おおーっ♪」
大きく手を振って、一旦ごそごそ。
「いきなりで悪いね?」
「いやうちここだから、すぐだから」
「まぢでーっ!? ww」
わざと女子力を下げてある、金髪のおでこ丸出しちゃんから、こちらどなた? などと関心を持たれることもなく――勢いよく飛び出した。
家族を意識して建築されたマンション。屋上の菜園もシェア。――隣人トラブルの根源を運動不足に見出し、深夜と早朝と夕方、あるいは屋内ジムでのジョギングに参加した者には、食堂で使える無料券が一枚配布されるなど、フィジカルとメンタルを同時に考慮した――、
見渡すとスポーツ用品店も、一階の内側に開いていた。
あくまで不審者の襲来に備えて、共有の中庭に目を光らせている、無数の監視カメラ。
なんというか、“聡い”よな。
野蛮な負けず嫌いを“錬金”の核にする旧時代よ、徹底的に終われ。
高速の競り合いから離脱して、豪華客船へと進化を遂げた、国内フェリーのツアーに乾杯。
アメリカンドッグをシェアしにくくて、落としちゃった破片を普通に食った陽キャが勝ち組。
女子だけで遊ぶ計画には危ないと容喙できるし、男子と遊ぶ発言には絶許と棚上げできる。
でも複数の男女で遊ぶなとは、特大のブーメランが予測できすぎて、誰にも言えまい。
饗庭ラユアは間違いなく、ランキングの上位者も、1位が複数人いることも内に秘めたまま、全員から連絡先を手に入れられるタイプだった。
さっと見回して一番に目に入ったのは“彼”だが、立山のパーソナルスペースは広かった。