第零章 上京 019 ドス物々しい悪天候
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80億歳って答えたい。
あるいは950歳と。
ねじけていなかったら『最近フットサル不足でカラダがなまっちまってつれぇー』と、ツイートしていたはずなので。
「う~ん、47歳?」
「ぶっぶ~っ♪」
「51歳?」
「ちがいまぁ~す♪ 正解はぁ、」
意外と真面目に絶賛夏休みの宿題中のラユアちゃんには、苦虫のシャープペンを頬杖で齧りながら、白い目で、鼻で笑うジト目で、男は全員ロリコンだという真実を見透かされていた。
確かに立山はこういった、メインキャストを事件の入口へ誘導する際に、『口の立つヒロイン+思慮の浅い主人公』で妥協できちゃう三流の神様を、微塵も敬ってはいなかったし、
思い込んだら一直線――。
根拠のない自信と好奇心とバイタルと、伸び代の約束された、共感を誘う体格が、都合よくそろって図抜けた、悪気のないトラブルメーカーに、残りの仕事一切をぶん投げる、思考停止Aボタン連打マンも、新時代の頭脳労働者とは認めていなかった。
饗庭花は決して「メンバーのひとりがお父さんなの!」と、迫真の演技をかまさなかったし、たとえそんな台詞を聞かされたとしても、またその告白を本気で信じることになったとしても、立山は、「それじゃあ一緒に現場へ急行しよう!」とは返さなかっただろう。
現在、窓の外はこんなにも、ドス物々しい悪天候なのだから。
饗庭花は、「NO」と言われるその前に、妹と立山のふたりが偶然、別のことに気を取られている隙に、目的地を目指して、降りしきる雨の中へ、家の中から飛び出したのではなかった。
『一応嘘はついていない』とかいう、一点の曇りもない言い訳は、一応一周渦を巻いて曇天。
世の中で最も心休まる対象が、何者であれ人間であるが故に、皮肉にも、人間ごときに貼り付けられる『嘘つき』のレッテルなんて、歯牙にもかけない。
関係性は? ――ただのファン。
心配だから見に行きたいと、眼鏡をスルーして上目で許可を求められた立山は、
「え? いや、駄目だよ」何言ってんの、雨降ってるじゃんと心で付け足す。
「行ってもいい?」
「あ? いや駄目だって。雨降ってるでしょ。だめ。わかった?」
「はいっ! わかりましたっ♪」
そう言って。
人の目をちゃんと見ながら「はい」と元気に返事して、
挙手して敬礼して更に破顔して――、
饗庭花は堂々と玄関から、レインコートを着用してひとり、本日イベントが開催される予定だったステージへと、出かけていったのである。
「……は?」
咄嗟に動けなかった原因は、執筆周辺に『能動』のスイッチを密集させていた所にあった。
そりゃあ、ありとあらゆる関心事に注力していたら、養分を分散させてしまって、売り物にならない小玉スイカしか仕上げられない。
でも、いち送り手として、普段からあれだけ『受動からの脱却』を意識していたのだから、もうちょっと融通を利かせて、なんでもいいからボーナスで、『能動』のステータス全体を向上させてくれていても、よかったじゃあないか。
去り際はフードに覆われていたので、ほゎほゎしていた時の後ろ髪を、更に三つ編みへと歴史改変して、立山は大脳新皮質をのたくる蛇尾への隠喩を試みた。
「ドラップ大佐! ぐずついた天気は次第に“雹”へと変わり、正午すぎにはところにより青空が顔を見せる空模様へと回復するみこみです!」
なんだドラップ大佐って。
「ドップラー効果? ドソラド先生?」
なんでもいいけど。
「というか用意いいね。そのリュック何が、」
ガーガガガ!
「うわぁ! ほんとに雹、降ってきた! うっるっさ!w」
議員ッ! 議員ンンン!
バラッバラッ、バダダダ、ガガー!!
対消滅とかいう、めちゃめちゃに惚れ込んでいることを、誰もが地味に悟られたくない単語と共に、否応なく思い出すのは“ルーヴル・ピラミッド”。
あるいは今では完膚なきまでに、台形ですらもなくなった、最初期の浮島換気塔。
専門の分野以外の知識は、いくつになっても曖昧なもので、改めて検索で確認してみると、やはり未だに立山は、円錐のことを三角柱だと呼びたがっている本音を同時に掘削していた。
だってあいつ、めっちゃくちゃに『△』だべ?
でも『垂直断面が正三角形』とは、掴み合いの喧嘩をした記憶があったので、正三角錐は正四面体に進化しない。
行き止まり――。
しょげかえったお姉ちゃんの丸眼鏡が鏡面。
鉄骨へ縛り付けられたブルーシートだけに、風雨が未だバラバラと捕えられている。
感情が豊かであることを求められない警備員は、ハズブロ版ディメトロプテラ以上の動きを再開しなかった。
普通に考えれば、イベントを中止せざるを得ない人数、メンバーがぶっ倒れれば、病院へ付き添うなりなんなり――しなくとも。壮健を維持できていた残りの面子に、この場所へ留まっておく理由なんかないということや、今は夏真っ盛りなんだから、雨が上がればその方が、現場から撤退する速度と確率は上昇するだろうということに、思い至るはずである。
だから、どうしてもこうしても無いんだ。
しかしながら一見、無思慮な感情まかせに見えて、したたかに合理的。
小数点以下の可能性に、全力のポジティブを掛け合わせずにはいられなくなったら、そのまま爆進して、さっさと『高い壁』で大破してしまった方が、結果的に人生をサクサク進める。
「え、それでは皆様ここからは?」
それっぽい帽子と白手袋と、腰回りがやたらとタイトなスカートタイプのレディーススーツ。
黒く塗ったキャラメルの箱を、マイク代わりに旗を振る。
「こちら、辣油観光バスの方にお乗り換え頂いて?♪」
いつの間に着替えたのか。
でも『成人しても150cm以下の女子』って普通に居るよな。
「えぇ、でも……、わたし、着替えとか持ってきてないし……」
「あ、大丈夫ですね?? お着替えの方、もし必要になられましたら、お申しつけ頂ければ、奥の方にたくさん用意ございますんで~?♪」
新しいガソリンとなって、肩甲骨のハンドルを操作しながら、目くばせしてきた瞳の奥では、またしても、マザコンを白状した程度では解放する気のさらさらない確信犯が、ぐるぐると、チロチロと、ある意味無邪気に赤い舌を出していた。




