表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/401

第零章 上京 017 SLに限ってそれは


        17



 さっさと『解答』を済ませておきたいけれど、やはり基本に忠実に『謎』からいこう。

 その日も夏休みというか、夏であることを暴力的に忘れさせにくる、ブッ壊れた天気だった。


 年をとるとガチで雨の日の昼間が辛い。

 鬱々とした瘴気(マイアズマ)が、否応なしに忍び寄ってくる――


 そわそわそわそわ。

 そわそわそわそわ。


 わかりやすすぎるラユアちゃんと比べると、つかみどころがないように感じる(ほゎ)ちゃんが、いつものように画面を見下ろしながらだが――、わかりやすく落ち着きがない様子で右往左往している。

 ほゎほゎほゎほゎと、今更言いたい。

 でも実際、ひと足ごとに辺りに漂う香り的なものは、まさしくこういう感じである。


「えぇーっ!? うそ! どうして!?」


「!」「?」


「今日一驚いた!」


 恭一(きょういち)驚いた?


「ありえないでしょ!? SLに限ってそれはww えっデマ……!?」


『意外』と評するほどでもないけれど、喜・怒・哀・楽のポイントこそ、多種多様というか、三者三葉、十人十色、千差万別なものもないよな。


 このポイントでキレる人とは仲良くできないけど、こういう場面でキレる人には、むしろ微笑ましく思う――の組み合わせ(えっこれが普通じゃないの?)に、共感してもらえる確率が、実に低いというか。


 並んだらやっぱり、お姉ちゃんの方が高い。

 漫画家志望でもないのに、圧倒的な引け目を感じて、フリック入力やラインでやりとりしている画面を、詳細に描けている先輩方に舌を巻く。

 こっそりと『Steam Locomotive』の略だったことを今日初めて知ったのだけれど、これは100%違うやつ。

 同窓会の案内状をゴミ箱へぶち込んだ、冷たい快感がよみがえる。

 千紫万紅と、今更言いたい。





 つぶさに観察すれば単なるリアルな死骸なので、目を逸らしながら高速で口へ入れて、保存パックをパチパチと、きっちり閉める。

 どうせちりめんに近づいてもグロだし。

 まあ薄れるけど、ちりめん1キロって、ばか高いんじゃないの?

 保存もきかなさそうである。

 よく噛めば味は実にうまい。

 呑み込んで、もうひとつ、口へ運びたくなる本物。

 むしろ塩分に気を付けなさいと、理性が警鐘を鳴らしてくるレベル。

 でももう一個……、うまい! 止まらん。


 しかしこんな風に、外界から隔絶された独房さながらの個室で、煮干しをそのまま齧っていると、いよいよ自身が畜獣もしくは家禽になったような心地がした。立山たてやまはスイカの種の様に、口の中で見つかった真っ黒な『ワタ』を、指でつまんでゴミ箱へ投棄した。

 これでは本当に“ペリット”だった。


 学校の職員室に見た、『ザ・職場』といった労働環境に、何か意見してやりたくなった感情の出所を探ると、『作業用BGM』という単語が出土した。


 チームワーク、チームワーク!

 諦めない、諦めない!


 だったら本当にその通りに動いてやろうと、立山たてやまは画策していた。

 何十万人もの引き籠り全員が、最新の電子機器とインターネットで結託するんだ。

 この夢を決して諦めないと心に誓おう。


 それとも自分たちの繁栄を脅かしかねない行動に限って、諦める選択も悪ではないと認めよう――と、圧力をかけてくるのだろうか?

 静かに授業を受けたい我々を、『弱肉強食』という正論で殴りつけては、教室を騒々しい部室へと作り変える夢を、いつだって意志の力で叶え続けてきた、男らしい筋肉の脳味噌は。





 ルーチンは大切にしてるよ?

 でも『筆が乗る』のピークは、どんなワーカホリックにも、随意に決められるものではないんだ。

『エンジンをかける』とは違って。


 集中力が摩耗して、臓器に空腹を訴えられていたことに気が付いた立山たてやまは、辿り着いた冷蔵庫で、「お酢をかけて食べてね♡ ほゎ」というメモが貼りつけられたサラダを発見した。


 ラユアちゃんの筆致&イラストっぽみ満点……。

 父親だったら、天使の寝顔にすり寄るかどうかを、思い悩む地点までは接近できたのに。


 一応断っておくが、いま立山家たてやまけで普通に生活している饗庭(あえば)母娘(おやこ)は、最近引っ越してきた先で、偶然隣家に住んでいた、懐の深い美人三姉妹では決してない。

 連絡網の淘汰された昨今、そこまでフランクな日本人は、どんな都会にもありえない。

 遠縁の親戚でもなければ、旅館の宿泊客でもない。

 また、うちがいま巷で大流行の、『こども食堂』であるというオチでもない。


 いつまでもねちっこく世にはばかり続ける『バブル』におもねるしかない『ゆとり』とは、また違った動機で、『ゆとり』を愛する『バブル』も、大勢いるというだけだ。

 それこそ数十万単位で。


 お酢とマヨネーズで普通のドレッシングになるので、お猪口についでそのまま飲み干すよりは、いくぶん酸っぱく感じないんだなと、立山たてやまは睡眠不足の頭で考えた。

 かつお節もふりかけてみる。

 窓の外が青く白んできた。


 世代から連想して、根性印の体育会系――ただ止まったら死ぬだけ――とはまた別のベクトルにも、激ライバル視している勢力が存在していたことを、立山たてやまは思い出した。

『サヴァン』も確かにライバルだが、剥奪される共感の量を補って余りあるので除外する。

『記憶』と『感情』の才能に秀でた『海馬グループ』だ。


 武術はさておき、ダンスも相当痛かったが、『プログラミング』だと?

 むしろ『翻訳』が『数学』だと思う。

『好き』と『できる』は圧倒的に別物で、『絵を描くのが大好きなのに、いつまでたっても下手くそ』と、『特に辛い修行なんか積んだことはないけれどプロ並み』――このふたつは必ず並行して誕生し続けるものだ。

 そして世界にスカウトされるのは、決まって後者の方なのである。

 数学でも同じことが言える。


 なんの葛藤もなしにスラスラこなせる天才肌が、無限に誕生し続ける限り、そうでない者は、どれだけ『好き』を大きく育てても、まったく勝ち目はないんだなと悟ったとき、人は数学をぼんやりと好きだった過去を、無感情に切って捨てる。

 これ以上『数学は好き』を育てるのは、時間とエネルギーの無駄だ――。


 でも実際そうだろ?

 そうでないなら一体どうして、壇上でカスみたいな演説しかぶてない高学歴社員様が、レギュラー本数の微妙な中堅芸人による処世術に、秒で笑顔で真剣に感銘を受けるんだよ。

 そこで『勉強になりました』?

 今まで何やってた??


 出世欲や収入アップのために、相手の顔色をうかがう『ご機嫌取り』を。

 他人に好かれるためのヒントを、惨めったらしくかき集める『物乞い』を。

 潔くない。男らしくない。人に合わせて意見を変えるなんて、本音で喋っていない証拠で、それは即ち、嘘をつき、人を騙し欺くという大罪だ――といった理屈で、本当に嫌悪しているのなら、自分が持ち上げられた場合にも、正論を振りかざしてブチギレなければならない。


 いや、社長はちょっと上の世代で、正直リアタイでは視聴していないから……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ