第零章 上京 016 饗庭と!
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どこへ着地させたかったのか、後半の序盤で次第に判明しはじめてイラっと来る、頭の良さそうな新聞のコラムに手順を習って始めると、『エロ漫画みたいな』というトークテーマを、長々と哲学することになるのでやめよう。
――やめはしないが、後回しにしよう。
腹が立ちはしないからといって、犯人の顔が思い浮かばないわけもない。
「どっ……どうも……!」
「……こんにちは」
やっと熱が下がったような顔色の奥様の、カーディガンだけが眩い南国の海だった。
――まあ、70年代の少女漫画顔で、騒々しく金切り声を上げられても、『なんだか違う』とぼやいたのだろうけれど。
逃げるようにトイレへ入って慎重にドアを閉める。
平日の昼間に自宅の階段の手前で、見ず知らずのJS5にエンカウントするのも、別に初めてではなかったのだけれど、神様にひとこと言わせてもらえるならば、女性嫌いではない男性の前には、違法じゃない者だけを寄越してくれないか。
「~~~っ、だれ!?」
相性が合っても合わなくても困る。
気の利いた返事をせずに、適当にバイバイと手を振って、とんとんと、のぼった後についてこられなかったとしても、立山は年中、苦笑い顔だった。
当然この日は鍵をかけて閉じ籠って、別室のお母さんに電話でヘルプを求めたわけだが、パソコンから離れた部屋で、ふたりっきりじゃない状況で、結局お喋りくらいはするようになるまでの数日間を、写実的に描写する意味はなさすぎるのでここに圧縮する。
そうか、今は夏休みか。
話は飛ぶけど立山は、『お茶』とかいう文化が嫌いだった。
10km走るたびに500mlのガソリンを、給油してくださいとのたまうクルマがあったら、ギリギリまで頑張れよと心で叩いて馘首する自信がある。
「――返せ、こら、返せって」
若さと愛嬌に関する自信を疑ってすらいない女子の、いたずら中のふざけた笑みは、走馬灯を駆け巡る新生児微笑を連想させて、男には死亡フラグに見えた。
「というかなんでそんなにいっぱいつけてるの?」
お子ちゃまに1から10まで、順を追って説明するのは、非常に面倒くさい。
「無視か?」
やれやれするのも加齢臭がしたので、立山はネクタイピンを、ひとつずつ装着し直しながら、しかし目を合わせることなく質問に答えた。
「『二枚舌でも全然足りない』と考えているから――だ。作中のキャラクターの個性が、全員、俺のコピーだったら話にならない。登場人物に色々な性格、様々な長所と短所――が求められているのは、小学生にも解っていることだが、いざ実際に作るとなると、各人を演じるのはなんと俺ひとりなんだ。ぼーっとしてたら全員俺になる。ある程度は仕方がないとしても、監督としては、『それで全然OK』と、快諾し続けるわけにはいかない。そのための――戒めってほどでもないけど、忘れないように、」
「ふぅん、虹色にしたらきれいなのに」
「…………」
グレート・サーベルが好きとか言っても、絶対わかんねえだろ。
オタクは陽キャのファッションをトレスした方が余計嘲われるんだから、思考停止モブブラックと、痛々しいブラッドレッドでビシッと決めて、『中2www』と後ろ指をさされ続ける人生を、送ればいいと思うよ。
脳内の自分の台詞に酔いしれていたら、また「無視か」とか言われて、写真を撮られた。
何かに似てると思ったら、トスするバレーのセッターだった。
微妙に関係ない話になるけど、自作の女学生になんというかこういう、普通の、スーツ用のやつと同じロングなフォルムのネクタイを纏わせる作者は女性で、それ以外の、蝶ネクタイをベースとした、短いタイプを組み込んで学生服をデザインする作者は、アイドルオタク気味のオッサンだと勝手に決めつけている。
まったく関係ないけど、売れたらアカラハイモリ飼いたい。
カエルと違って、幼生の、前足から生えてくるところがすごく異世界感。
南半球とかいう、プチ・並行世界の、有袋類とか曲頸亜目とか、ワクワクするんだよね。
まあでも実際には触りたくないから、世話する人を雇えるほどに、売れたいという意味だ。
胸元を気にしない雑なシャツに浮き上がる竜の骨。
お茶菓子を要らないと突っぱねたのを、気にしているのではないかと、一瞬だけ考えたが、ただうつむきがち――な姿勢なだけな、可能性の方が高そうだったので、気持ちの悪い言葉は吐きかけなかった。
今の子はさよならホームボタンスマホと、ほぼ一体化しているようなものだろうし。
自分たちがいつまでもノートパソコン中毒なように。
『お姉ちゃん』ではなく『ほゎちゃん』と、呼びかけたのは正解っぽかった。
妹の野郎が、「あまいのきらいなの」と割り込んでくる。
ああ、甘いのは嫌いだな。
引き籠りは太陽光を浴びる時間が足りなくて、結果ビタミンDが不足し、カルシウムの吸収率が激★低下して、歯と骨がめっちゃめちゃに脆弱になるからな。
「死ぬ!!ww」
「光を適度に浴びなさい!!」
「わかりました」
と、いうわけでもないけれど、立山は後日、この饗庭姉妹と一緒に外出することとなるのであった――。