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第零章 上京 015 開墾と悔恨


        15



 姉の名前は饗庭(あえば) (ほゎ)。妹の名前は饗庭(あえば)ラユアといった。

 運命的かどうかは知らないが、この(いとけな)いふたりと出会うことになる日の朝、立山たてやまとかいう男は、いつものように雨戸まで閉め切った自室で独り、なろう小説を執筆していた。





 ふと閃いた恐ろしい着想で、はたとタッチタイプの手が止まる。

 うすうす感づいてはいた。

 なんとなくもう、そうなのだろうと、後ろ髪をひかれながら諦観していた。


「なんなら口に出してもいい。そうだ。重要なことと重要でないことの線引きは大切だ。メリハリは付けなければならない。何もかもを平等に愛していては、全体像を汚濁する。すべてが山場ならそれは平地だ。今ここで口にしてしまおう。旧態依然な思想とセンスを抱いたまま、老害呼ばわりされるくらいなら、俺は今ここで俺の首を裂いて自決する」


 そうなんだろう?

 もう今はそうなっちまったんだろう!?

 かつては華々しく隆盛を極めた『バブル』の三文字のように!!


「『死語』になってしまった……。ついに死語になってしまったんだ……! 『ラノベ』という三文字も!!!」


 ずいぶんと長い時間が経った。

 大樹からの視点は最早、絞り出すまでもない過去の記憶だ。

 大学を卒業してからの10年は、あまりにも経過が速かった。

 ありとあらゆるものが流行り、そして廃れていった。

 産まれては消えていった。

 置き去りだった。


「ぐんぐんと先へ進んだ者は、死というゴールへ早めに近づいているだけなのかもしれない。まあ嫉みだが……。それにしても問題は『熱意』だ。幸運に恵まれ続けるルートもあるだろう。感情で戦い続けられる人生もある。失敗や挫折に食われる時間も平等ではなくて、確かに俺は、艱難を先取りするか、後回しにするかという質問に、先取りすると今でも答える」


 しかし。

 それでも――、

 熱意の喪失という問題が。

 30の壁が。

 こんなにも混沌の沼地だとは思わなかった――。





 時間を巻き戻して――と、思うこともぼちぼち、増えてきたことも微妙に、プライドに障るのだが、『執筆』に関しては、それが可能になったところで、あまり意味はないように感じる。

 どう考えても昔の方が、門が狭いからだ。


「『Webで募集をはじめます!』に、近未来を感じたものだった……」


 幸い(?)自分は遅筆だったので、3、4回分しか無駄にしなくて済んだけれど――、もし、志した当時に速筆だったら、ものすごい量のコピー用紙と、プリンター用のインク(こいつがアホ高い上に、充填したが最後、そこから鬼の蒸発が始まる)と、『あらすじを魅力的にする』とかいう拷問と、100均のクリップと、レターパックみたいなやつと、郵便局へ出向く体力と局員さんに見せる勇気が、金銭に換算すれば軽く500万円は必要となったに違いない。


「純文学しか無かった頃の、手書き原稿から作家を目指した人には、どれだけのエネルギーが必要だったというのか?」


 でもまあ白黒テレビさえ普及しきってはいなかった昔にまで遡ると、PCの不調や寿命周辺の、金銭を食いすぎるトラブルとは、完全に解放されるのだろうが……。


 いつだったか『人中』に『ラノベ』とルビをふった記憶がある。

 人中とは、鼻と上唇の間にある、強く押さえたらくしゃみを止められる溝だ。


 そこには、高学歴で博学な純文学様に、低学歴で無学なまま対抗できる利点があった。

 人は自分より劣っている相手に好意を抱く。

『ラノベ』とは、相手より腰を低くして見せるのに、最適で最高の“謙譲語”だったんだ。


 こいつより下手(したて)に出られる上に、現実世界で爆発的に勢力を広げられる、漢字の、あるいはひらがなの三文字なんて、現れるはずがないという予想が当たっていれば、想像力に関する自信もそれほどダメージを受けずに済んだだろう。


 そいつが一番痛かった。

 想像力だけは凡庸であるわけにはいかない。





 マニュアルも、『これしかない』と思ってた。


 00年代は『スッカスカの文章』に、美麗イラストを添えてもらえる枠――にあやかることができる倍率は、宝くじ1等の当選確率並に高かったので。


 ご都合展開だらけで矛盾しまくりの15点のお話を、100も200も生産して投稿し続けるか、純文学に求められる知識量やテクニックを身に着ける方向へ進むことで、15点の魚群の中から飛び出すか。


 実際、当時はこの2択しかなかった。

 そうでなかったとしても、Web小説の方が現実的ではなかった。


 永遠に15点から向上しない決心には、絵師様たにんの努力と才能と魅力にすがり続ける、みじめな生活がつきまとうことになるだろうと予測する。

 長い目で見れば、15点な自分を、30点な自分を、60点な自分を更に、向上させる道の方が、絶対に間違いなく確実に安全だと思った。

 当然、多大な時間は代価として支払わなければならないけれど、不可能ではないはずだ――。


『30点を数百話分』をひとかたまりとした全体で、万人が勝負できる未来が訪れて、またしても予想ははずれる。





『60点が4~12話』VS『95点が4~12話』。

 話数、つまり質量が同じなら、どんな場面でもほぼ100%、個々のクオリティが高い方に軍配が上がる。


『60点が500話』VS『90点が24話』。

 話数、つまり質量に制限がなくなれば、必ずしも単体の質が高い方が勝利できるとは限らなくなる。


 それでは『全40巻で80点』VS『全4巻で95点』は?

 ――最小の単位のクオリティだけで、全てを判断できた時代の方が、プライドは高くないし想像力には自信があると自称する、底抜けの間抜けには生きやすかった。


 あの当時にスマートフォンを、人類のほとんどへ行き届かせようとすれば、数千兆円もの大金を――適当だが――、自腹で支払わなければならなかっただろう。

 今は時が解決してくれて、自分は1円も金銭を提出していないのに、国民のほぼ全員が、受容器を手にしてくれている。


 質量をガン無視できる最低ラインの境遇を、ぼーっとしてたらタダでもらえた。

 このことに立山たてやまは今、改めて感激してみた。

 どうせ独りなので、希望にあふれすぎた笑顔を演技する。

 60点は超えられなかったし、遅筆も更に悪化したけれど、40巻分、執筆すれば――!





『真のエロス』に光明を見出す。

 というベクトル(?)の『マニュアル』も、途中で手に入りはした。

 まとめるのが難しいので、点で喋ろう。


 まず娯楽のジャンルの『本』を、『18禁』と『そうでないもの』に二分(にぶん)する。

『真のエロス』とはなんぞや?

『18禁』でありさえすれば、大勢が『えっち』と感じるのか?

『18禁でないもの』の中で、大勢が『えっち』と感じるものは無いのか?

 こたえは当然、否である。


『エロ本』は作るのも嗜むのも、棚ぼたや、ご都合展開ばかりでいい。

『非エロ本』は受け取るにも提出するにも、絶対にリアリティを重視したい。


 ――といった、万人に共通する、何の独自性もない『オリジナルのゆずれない決まり事』が、誰にでもあると思うが、それでは『18禁で無いものの中で輝きを放つ真のエロス』は、どちらにカテゴライズされるのか?

『18禁で無いものの中で輝きを放つ真のエロス』を作成する際には、どちらの意固地な融通の利かない自分の本音に正直に従えばいいのか?


 もちろん、『18禁で無いものの中で輝きを放つ真のエロス』とは、『少年誌だけど乳首解禁しチャオ☆』とか、『青年誌だからHシーンOKなんだよ?』といった、法の隙間をすりぬける的な、努力の先に見出されるたぐいの『単なるエロ』ではない。


 例を挙げるなら『強風とおばさん』とか、『全員全裸だけど中年男性』とか、『ぶつかり合うムキムキの筋肉』とかいった、フェチ的なジャンルの中で、しっかり性的なのに決して直接的ではなく、その上にベタでもなく、オッサン臭い嗜好でもないやつだ。

 なんにせよ表層意識の顔を立てることは、極力、蔑ろにしない方がよさそうだ。





『非エロ』を作ろう! ――では、『棚ぼた厳禁』の実質没個性な自分ルールに足を引っ張られて、人気と金銭を獲り逃す。

 ところが、『18禁で無いものの中で輝きを放つ真のエロス』に魂をかけようと心に誓えば、自分の中の頑固オヤジから、『ご都合解禁』のGOサインが出る。

 どちらも表向きは『18禁で無いもの』に違いないのに。


「純粋な受け手のままで居続けたい欲求を、だらだらと守り続けるか、思い切って手放すか。目先の損得しか勘定できないか、全体の損得を勘定できるか」


 直接的なエロスを間断なく降り注げば、スケベと認識してもらえない上に、恵まれやがってと叩かれる。

 ラッキーフェチシズムに遭遇させ続ければ、その程度なら赦す。と当たり前に思ってもらえた上で、えちえちだなあとほっこりさせられる。

 よしんば非難を浴びたとしても、『18禁で無いものの中で輝きを放つ真のエロス』というゴールへ到達するぞという固い信念は、簡単には打ち砕かれない。





 急上昇のサムネとタイトルに目を奪われて、何を検索しようとしていたのかを忘れる。

 そういえば暫くお手洗いに行くのを忘れていたので、立山たてやまは電気をつけて立ち上がった。

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