第零章 烏糸欄 02 究極の謎
解読の難易度が非常に高い、究極の謎ってなんだろう?
一、嘘。
即ち、解を決めずに出題しておきながら、解はあると言い張る技法で送り出された謎のこと。これは作るのは最も簡単だが、解が無いことを証明されたり、身内に真実を暴露されたりするリスクが必然的に生じ、それだけに留まらず跳ね上がる。ルールを違反しているのだから当然だ。この技法では墓まで持って行く以外で、完璧な勝利を収めることはできない。
二、ファンタジー。
探偵小説は現実世界と地続きだが、完全オリジナル世界の全容は創作者にしか把握できない。端から抜け道がないので、大人の力で金に物を言わせ様がない。また、この二だけは、白玉楼中の人となられた場合、永久に迷宮入りするというデメリットを持つ。ただファンタジーは基本的に、人口に膾炙させることが難しい。何のテーマも掲げなかったり、どんな現実の諍いも劇化しなかったりして、純粋なミステリと対等に扱われたがる視野の狭い(あるいは未熟な)平等主義者が、志望者の大半を占めているからだ。サルヴェージする方がより高くつく宝船は、一番あとにまわされて、翌日にはさっぱり忘れられてしまう。
三、人類に益をもたらすたぐいの未解決のミステリー。
未解読と言った方がいいのか……、賞金付きの数学の難問などがこれだ。ノーベル賞を受賞した御歴々に、打開・打破された様々な困難もここに分類される。不況、紛争、テロ、戦争等を解決する魔法も。この三番目の謎は、作るにも解くにも尋常ならざる体力、知力、精神力及び財力が要る。生まれつき脳味噌の作りが物理的に凡庸を逸群しているか、親愛なるAIの皆様に生まれつく必要がある。とてもじゃないが八十億人全員が平等に、努力次第でモノにできると無思慮な発言はできない。
そして、
四――……
ほんの数日前までは、名探偵の皆様を口八丁で挑発して解読に参加させるという計画が生きていた。しかし添削してゆくうちに、ある決定的な事実に(やっと)行き当たって思い直した。だから我々は名探偵の皆様に今ここで謝罪しなければならない。自演乙と滑らせそうになったことではなく――、
名探偵の皆様は『デス♀バード』に参加できないということを。
どんなに興味をそそられる難題でも、どれだけ生活費に飢えていても、解答と同時に人質の、愛するヒロインの首が必ず飛ぶような状況下では、決して真犯人の名前を口にしないはずだ。できないはずだ。それをしてしまえば、できてしまえば、純粋な名探偵ではいられなくなってしまうから。
解答は楽勝であっても回答が激難である場合、その謎の総合解読難易度は究&極と言える。
あなたは今薄暗い取調室で、指先に接続された嘘発見器が描く、自分の心情を直視させられている。
人と話をするときは、ちゃんと相手の目を見て話しなさい。
人と話をするときは……。
男女同権は正しい。
女性差別は正しくない。
今更平等を叫ぶものだから、フェアなことが大好きな男らしい男は、西暦2999年が終わるまできっちりと蔑ろにされる。
畏敬の念を抱かれたがる窮鼠以上に、未練がましいものはない。
こんなとき我々は、罷り間違っても嗤わない。
思い当たる節があるだろう……?
人類は長い間棚上げにしてきました!
所詮、漫画の中の話だろうと。
そんな理不尽な選択を、よもや現実世界で迫られる日が訪れるはずはないだろうと。
あんなにも熱烈に――“ありえないはありえない”を愛していながら!
母を選べば妹の首が、妹を選べば娘の首が、娘を選べば母の首が、ギヨチンの餌食になるのであれば、少なくとも誰かひとりは手許に残ったのに……。
どうしてこんなことになってしまったのか?
人類を救う手立てはもう残っていないのか?
意志の力を振り絞ったから努力ができただけです、京都出身だったことは関係ありません。
挫けても粘り強く頑張ったから大成できました、いえいえ東京と言っても田舎の方ですよ。
思った通りにならないと、思わない生活習慣を身につけただけで、簡単に夢が叶いました!
――未来の日本に生を受けて。
謎を主体として考えよう。もっと高い位置から鳥瞰しよう。人間は自己矛盾から逃れられない生き物だ。生来自由な我々は、嫌なことを辞めなかったためしがない。大自然がまずあって、その中に人間社会が誕生した。人間様が正しい、人間様が正しい、人間様が正しい、人間様が正しい! ……人がどれだけ正しかったところで、宇宙の質量の方がどうしても大きいのだ。人が人を肯定すればするほど歪められてゆく真実もあり、ついには人間の目を悦ばせる偽りの真実が、人間の目に不快に映る本当の真実を覆ってしまう――そんなこともありえる。
その点が、名探偵垂涎の謎を生むことは、どうしたって避けられないのではないか?
人を愛する人の瞳と正直な本音が邪魔になる。
爬虫類を心の底から憎悪する必要に迫られる。