第零章 上京 011 JS5とSJC
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JS5とSJC。
ここまではなんら、不可解も不可思議もない。
今が夏休みじゃない可能性なんてないし、おばあちゃんちが田舎にあると、決まっているわけでもないからな。
小柄でやせ型なのに、なんとなくずっしりと実際に担いでみると密度は高そうでもち肌で、シャキッとしてはいないのに、なよなよしている印象も受けない、猫背以上、うつむき未満の背骨もとい姿勢。
血色はお世辞にも良いとは言えないけれど、こっちくんな系のオーラも、愛しての裏返し光線も、能動的に放たれてはおらず、心ここにあらず半分、なんだか勝手に元気そう。
艶とボリュームが平均以上ある、目覚めた直後は爆発していた薫りの漂う黒髪は、擬態の利点を静かに欲して、調和から一歩、踏み出してみたような、機能重視の簡単なおさげ。
明らかに打たれ強くはないが、さほど神経質でもなさそうな、レンズの奥のぱっちり二重。
軽く羽織られている量産型のパーカーは、食べごろを迎えたバナナの中身色で、動きやすそうなハーフパンツは、甲殻類ばりに角ばった、バリバリ日持ちする緑バナナ。
インナーはブルーのようなグレーのような無地に、判読不能の雑多な英字だ。
声変わり前の少年を思わせる、筋肉の少ない両脚は、特に何で覆われているわけでもなく、内股ぶりっ子気味というよりは、別段矯正する必要もない程度のO脚。
運動靴は白ベース。
スーパーのレジで研修中の、成人して見えない眼鏡ちゃん――みたいな感じ。
妹の方がでかい系。
なんでもお見通しなカッコイイ大人への憧れで潤う無垢な眼には、この世の地獄を伝え聞いたことすらないであろう、経験の浅さが光っている。
正義感が強そうで我慢強くなさそうで、風呂嫌いなのに温泉をプールにするのは好きそうだ。
脱色とパーマのけばけばしい“老化”に、まだ侵されていないミディアムショート。
ゆったりした――と形容できる、ややサイズの大きなTシャツに、言いつけを守らなくてもよくなったミニのスカーチョが、ハグロトンボするたびにチョウトンボする。
はんなりとまとまったお姉ちゃんとは対照的な、まさしく小学生が絵の具をギットギトのまま塗りたくって仕上げた、青、黒、白の原色ドギツい、夏休みの宿題のポスター。
オーガニックでたとえるなら、毒々しくはないはずなのに異様にパンチのある、アオブダイとアオスズメダイが、イワシ雲と遊ぶ絵本。
――まあだいたい、全体的な色使いの印象は、こんな感じである。
頭骨が全体的にむくみ気味であるようにも見て取られるけれど、将来は体系が逆転――するだけにとどまらず、妹だけマッチョ化しそうな予感。
最近は暑すぎて学校でプールを開かなかったりもするらしいので、日に焼けた脇腹や腰まわりや、健康的ないかり肩が、時折あらわになったとしても、何一つおかしなことはなかった。
ここまではひとつもおかしな点はない。
ここまでは。
「なんか不自然よね」
お前も気づいてたか。
「親子には見えないけど、」
きょうだいにしては歳が離れすぎている。
「どうする?」
「どうするってなんだよ」
俺の画力は別段、壊滅的でもないので、鹿追帽を雲ふきだしの中だけで重ねてみた。
ヘアゴムをくわえさせておっぴろげさせた両脇に、性的な興奮をおぼえる行為にも、ふたまわりくらい年上の加齢臭がしたので、ポニテにしてとは頼まなかった。
「私はね? 『自分には妹がいないから、妹がいる男が憎い』って、人前でも顔に書いてある野郎が大嫌いなのよ」
「あっ?」
「『お姉ちゃんと一緒に育ったから、若道に走りました』――には、まあ別に、当人がナチュラルにそれで楽しいのなら、他人の分際で容喙したりはしないけれど」
一刹那に感じない。
(美人ちゃんの瞳をまっすぐ視姦し続けた方が善行になるというルールは)
(ド田舎の下心満載な頑固おやじ連中が声高に主張しているだけなのか?)
瞼の裏で、俺の視線は、ちまちまと飲食する唇を繰り返しなぞっている。
「先天的な要素がどうした? 受動だけが人生か? もちろん、『何色に染めてくれても結構だ!』って、どっしり構えてる人は別よ? でも、『ぼくも欲しいぞ! だから持ってる人を妬もう!』 ――こうなる奴は、頭がおかしい。手に入んないだろ、それじゃあ……。ええ?
それとも、『持っていない不運な私』を猛烈にアピールすれば、ママがスッ飛んできてくれるとでも思っているのかしら? そういうのは能動じゃあないでしょうよ。そういうのは大人の能動じゃあない」
オフしただけのネイルは当然、短くカットされてはおらず――片手だけでガオーって見せてくる――、実際、どうしようもなかったのだから、ランニングをするときの様に、軽く握って仕舞われた。
猫すぎる。
「小学生の頃は、自分に才能があったからではなく、『小学生である』という“鍵”で、試験や困難を切り抜けられていただけ。体験学習! 経験至上主義! 大いに結構! ――ただし、自分の体験と経験だけで充分だと暗に主張する連中は認めない。
ただ単にネタバレが嫌いなだけなら、あの体験も経験も、成長のために無理して多大な代価を支払って、仕方なく飲み込んだ『口に苦い良薬』なんかではなかったのよ」
脱線に尻込みしないシンパシー。
斬新すぎる白子たっぷりバーガーを食らっても、口の端に白子がつく女だ。
「要するに――。あの3人が親族、若しくは幼馴染だったら、ごちゃごちゃと余計なことを考えることもなく、ナチュラルに話しかけられたわけでしょ?」
まあそりゃあな。
「私には二つ名が二つある!」
ほう。
「《乱読の成功者》と、《袖すり公妨》だッ!!」
やたらと自分語りが多いところも、全体的にギャグみたいな世界観と空気も、実に異能力系ラノベっぽかったと、俺は初めから思ってた。
「まあこのふたつは実質中身一緒で――、《縁が無かったことを無かったことにするスキル》よ?」
「成程、それで俺も『なれそめ』パートをすっ飛ばして、こんなところにいたのか」
ドヤ顔にもドスが効いているので、『それはただのコミュ強なのでは?』とは言わない。
「美人三姉妹が偶然運よく隣の家に引っ越してこなくっても、美人三姉妹と心ゆくまで遊べばいいじゃない? 妹が欲しかったら、自分のタイプの年下の彼女を、100人でも200人でも、好きなだけ作ればいい話なのよ」
「まあ実際、ガチでぶちゃいく女芸人顔な妹しかいないのに、全力で妬まれたりなんかしたら、たまったもんじゃないよな」
白子沢さきゅら ちゃんな シェイプの方が、詐欺メイクされた後ではないとは聞いてない。




