第零章 上京 010 街ぶらロケ
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いったいどこへ向かうのだろう? という『少し・ふしぎ』も、『A子B子、どちらと結ばれるでしょうか?』と同じくらい、旧時代のにおいが薫るものとなってしまったように思う。
だってリアルで目的地を頑なに黙秘し続ける相手になんて、よほどのサプライズ好きしか、喜んでついてはいかないだろう?
ひーみつ♡ とか言う女子に何の苛立ちも覚えない、語り部だの主人公だのをぶち込めば、あとあとその性格の秘密を、紐解く必要に迫られもする。
よってここは、俺はもう訊いて知っているけれど、俺が目的地を秘匿しているだけ――という形で始めようと思う。
隣には『詐欺メイク』で『どこにでもいる女子大生』へと奇跡の一枚した『Gyaru』が歩いている。
OK?
きみは今、動画投稿で糊口をしのぐ、来日して2年目なのに日本語ペラペラな外国人男性で、フォロワー数が増えて、メディアの目にとまって、本日ついに『どこにでもいるアナウンサー』と、街ぶらロケをするに至った。
……。
…………。
秋葉原にオタクは繋がる。
巣鴨は、お年寄りの原宿。
なんでもそうだが、こいつも突き詰めれば、『何が好きで何が嫌いか』の問題だと思う。
道に迷う、迷わない。
地図か読める、読めない。
車好きには信じられないかもしれないが、車嫌いには道路を走る車が全て同じに、あるいは一台も地球上に存在していないように見えているという。
さっきの赤い魚群だって、俺にはまったく同じ個体のクローンの集合にしか見えなかった。
(種類を解説された覚えがないでもないだけ)
女性にはミニ四駆を含めたプラモデル/男児向け玩具――が、全部同じに見える――といった時代は、終わりを迎えたようであるが。
まあ、某独裁者の絵なんかは有名だよな。
(思っていたより緑は多い)
(車両の速度もゆるやかだ)
好きなものを凝視するというよりは、興味のないもの、嫌いなものが脳へ入ってこない。
きょろきょろと物色しているわけではないけれど、『ヒト』以下の魅力のものは、感情のフィルターで処理が後回しにされている。
位置情報アプリと連動して、モンスターを捕まえたい欲求で思い出す――。
というわけで、俺は現在どこにいるのか、さっぱりわからないでいる。
そして同時に、『変わった人間の組み合わせ』に対する、興味関心が膨らんでいた。
「暑っづぅう~~~っ……、喉乾いたぁ。今年の暑さ、半端じゃねぇーべ?」
はやくも化けの皮が剥がれかかっている。
「ミンミンミンミンうるっせぇーな! 私、テレビでよく流れるセミの鳴き声、めっちゃ嫌いなのよね? まっっったくおんなじ“調子”じゃん! 録音してあるやつじゃん! 使いまわすなよ、同じヴォイスを。
あと魚が釣り針に食いつくSEと、ぽっちゃりアナが肉食うSEが、まったく同じなのもイッライラする。あれ、要らんでしょ?
あとホイップとかソースに練りこまれてる『バナナの香料』と『メロンの香料』ね? あいつらぜんっぜん、バナナ味でもメロンで味もなくない? くっさすぎるし、クッソマズい。オレンジも駄目。レモンはまあまし。梅とグレープはいいのよ♪ でも一番好きなのは、強炭酸の塩ライチ♡」
妙な区別はやめようと、心では理想の自画像を描くのに、耳に入る外国語がさっぱり理解できないという事実から、多幸感もとい平常心を、抽出するのは容易ではなかった。
日本語が宇宙語にしか聞こえない立場の、感覚を想像できないことがもどかしい。
「ヒメダカから白メダカが出現したんだからさあ、黄色人種だらけなコミュニティの中でも、数十年にひとりとか、何百人に一度とかの割合で、白色人種とまったく同じ肌の色の人が、誕生したっておかしくないんじゃないかしら? 常に誕生しているんじゃないかしら?」
大体こんな時、俺、条強壮太は、「あうあう」としか言えない。
敏腕なMCさんなら、ありきたりな誉め言葉ではなく、あえて『美人の欠点イジリ』をぶつのだろう。
(難産型――こいつはセクハラか)
(ええと)
知り合って間もないのに詐欺メイクして雑踏へ、まぎれてもいなかったのだろうが、格好良さの対極にある、『迷子』にひやりと首筋をなでられた。
さっきの三人組もいなくなっている。
「かき氷食いてぇ~っ」
「!」
しかし安心して飛びつけば、決まって赤の他人なんだ。
いちごとブルーハワイを注文している。
(欲望に忠実)
(本能に忠実……)
オシャンな飲食店が、ちょっと歩けば山のようにあって、太らせたいのか痩せさせたいのか、はっきりしろよと言いたくなった。
(入れ替わり立ち代わり、自転車操業なんだろうな)
(このネット時代に立地条件を研究するのもご苦労なことだよ)
女の人同士が堂々と、手をつないで歩いてる。
大都会の女学生なんて、都市伝説だと思ってた。
大きな強ちゃんにハートがついてる。
何かに似てると思ったら、電話口人格に似てるんだ。
上半身がほぼ全裸なギャル男と、狭い入口ですれ違う。
意外とおなかは痩せてる彼女の、胸の谷間だけはすごかった。
男臭い香水の靄が晴れると、当店オリジナルのハンバーガーが、異国情緒にあふれていた。




