第零章 上京 009 バカ&子供舌
「うまぁ♡ やっぱ完成されてるわぁ……♡ いや私、自称肉料理研究家なんだけどぉ、最高の肉を求めてここで焼いちゃった時点で食べちゃうから、一向に研究、進まなくってさあ。それにライスのバンズの牛タンバーガーも結局既存でしょ?」
出ていきたければご自由にどうぞ? みたいな台詞に続いて提示される、目の前の焼肉を諦める選択肢なんか無かった。
馬鹿な癖に予想を的中させたいんだったら、一生田舎に籠ってろ、という話なのか? そうらしい。
「トマトビーフシチューにパクチー、入れてみました! ……既存だけど。この上に更に焼肉乗せるから前代未聞になるはずよ。名付けて『Wレッドビーフ』! チャジャン麺って全体的に茶色いなんて正論で、あやうく納得しそうになるけれど、日本のカレーだって茶色じゃない? 茶色嫌い。赤くないと! 赤と緑! 嗚呼、美しいわ、おいしそう♡」
食べてみたけどバカ&子供舌には、『パクチー』と『旨辛』と『エスニック風味』が、バリクソ余計で邪魔だった。
「というか強ちゃん、いい加減、着替えたら?」
確かに男がトランクス一丁で水遊びをするのと、女子が通気性のいい下着で水浴びに興じるのとではわけが違う。
夏の浴場内部でこれ以上、外出用の普段着のまま過ごすことにも、じっとりと不満が積もってはいた。
しかしだな。
さて俺、条 強壮太は、何を穿かされたと思う?
ミステリマニアの諸君だけ、ここで数秒、立ち止まって考えよう。
ギラリちゃんとアルヴィ嬢が、底意地の悪さを少しも隠さずに、『腹筋崩壊』『おなか痛い』『涙出る』――ゲラゲラ、ケタケタ、嗤い転げる。
体に触れながら『ボマー見つけた』とでも言えばいいのかな?
(ちょっといいとこ見てみたいー)
(ああ、いま解った)
(要するに彼らは)
(上京したはいいものの、うだつが上がらなかった敗者のメタファーだったのか)
そうだな俺も覚悟を決めよう。
ここから逃げ出せたところで、逆に血と涙だらけの大都会に食われるオチは見えてる。
人は今この場所で、足掻かなければならない。
「ぴったりすぎwww」
「まあ、安産型ってことよね?」
悪いしずかちゃんのキラカードは、もう真顔でパンケーキを切断していた。
将来、声帯を潰された後で、チェーンソーでも獲物にしそうだ。
変顔と言っても、自分で顔面の筋肉をシルクさんした、ウケ狙いの奴じゃない。
美人ちゃんのそれと交互に、お見せする結果になったのは、申し訳ないというよりも、ただ恥ずかしいが……。
「やっぱりお尻、綺麗ねぇー」
観客席というか、新幹線の中身みたいに回転したさっきのソファーで、暑い緑茶をすすりながら、アルヴィオラちゃんが動画撮影。
その隣には正座したセイアちゃん。
いや。ごめん、これは俺のケツだ。
食い込んでいる水着は、女物で、あるけれども!
「どすこーい! www」
「うぐっ……! くく……っ!」
場所はあれだ。なんかオシャレな一戸建ての、一階のリビングの隅っこに、あるじゃんか、幸福度ランキング上位アピール用の、緑の畳のスペースが。
(なんで相撲?)
(なんの意味が?)
大丈夫、ヤコウセイアちゃんは、代わりに俺のトランクスを穿いてるから。
盲点だったよな。女子が男子のトランクスでプール――となると、もっこりもぴっちりもしないし、透けても見えないから、非常に健全だったんだ。
(きちんと穿いたのは、水から上がったついさっきなのだけれど)
(お尻見えた)
ちなみにルールは男子にハンデで、女の子のまわし(※水着)をつかむのは駄目。
押して、柔らかくて、ズレて、ふんばって――。
「意味も何も、アレよ、ごはん! 食べる前に……運動しないと!」
食べる前って。
「だから食べちゃうってゆったでしょー♡」
エネルギーが有り余ってて、遊びたい奴で、多分あっちのふたりにはこれ以上、体力的に負担をかけたくなかったから、俺のGETに至ったのだろう。
「肉があったら焼いてしまうし、焼いてしまったら食うてしまう! ごめんやっぱり我慢できなかった! だめだよとかゆったけれども。んふ♡」
「本能に忠実すぎる」
プロレスごっこにも程がある。




