第零章 上京 009 ドリップ
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機械的と言えば聞こえがいい。
『謎』の提供が実に雑で申し訳ないが、半分程度しか乗り気にな(ら)れない、俺のメンタルも察してほしい。
ルーガギラリちゃんに欲求があって(これは大いに納得)、今日はいろいろと、遊びの予定があるらしい(どうでもいい)。
これからあれやこれやをやって(何をするんだろう?)、どこそこへ出かけ――
「出かける!?」
「詐欺メイクの応用よ♪ 変に帽子とかサングラスとかマスクで覆うから逆に目立つんじゃない?」
黒髪が見られそうな感じではあったので、『そこじゃない』と突っ込むのはやめにした。
なんにせよその場で面と向かって、相手の目を見ながら口答えをする勇気は、今後も微塵もないのだけれど。
まあ少々前後する。
生きてりゃ多少は時点移動する。
このタイミングで俺、条 強壮太が、呼びつけられた『第一』の目的――。
ごめんねと謝られて面食らった俺が、だめだよと釘をさされた辺りから始めよう。
ビルやらマンションやらで営業している銭湯もあるから、大金をかけて改装すれば不可能ではないのだろう。
どれだけ夏が好きなんだという嘆息は、ブーメランしてもいい。
雰囲気エスニカルな喫茶店の雰囲気漂う、オフィススペースを抜けるとそこには、塗り絵のし甲斐までサキュバスる白水着の三名と、入道雲を抱いた空を、なみなみと湛える青い海。
そして東側の奥の壁は一面、一周回ったアクアリストの趣味の部屋みたいになっていた。
まるまるというか、ころころというか、でっぷり太った金魚がいっぱい。他の種類はいないみたい。
「私、金魚すくいめっちゃ好きでー。競ったりに興味ないから、綺麗なのを丁寧に獲るじゃない? ガチで金魚のフォルムに惚れてるから金魚すくいをやるわけなのよ。1番は琉金ね。小顔なのにボテ腹なのがかわいい♡ 次が三色出目金。シュモクザメ嫌いな人って存在しないでしょ? 思い出作り? 浴衣デート? なんでもいいけど金魚の水触った手で飲食しない方がいいんじゃない?」
普通はここまでお金持ちじゃないから、ひと夏でお盆してしまうのだそうだ。
「ああそれ? 産卵床よ。もう時期終わってるんだけどぉ、一応ね? 今年の稚魚はこっち。まだ褪色始まってないのもいるけど。っていうかさ、虹色細胞は金魚にもあるんだから、いい加減、そろそろ誰か、メタリックブルーな『幹之金魚』を作出してもいいと思わない?」
だから情報量多いって。
ポンポンの作り方という単語から連想したチアガールが、お上品なドラマの中から飛び出して、アメリカ☆で、ゲリラ☆ダンスを始める。
(ゲリラ雷雨とかいう単語は鬼だろ)
(茨城に雷多いからカミナリなのか)
いま大はやりの『金魚アート』も、いつぞやスケートリンクで氷漬けにされた魚介のように、非難される日がやってくると、預言者ぶりたいドヤ顔に、隠しているつもりなのか、全力のdisを舌で毒。
「だって日光よ!? 太陽光が必須なのに! しかも別の養魚場の個体を後から混泳させたら前のが全滅したり、メチレンブルーに数日浸けて、それでもオスとメスは別にしなきゃで、浸透圧のコントロールで体力を奪われないよう適宜塩を入れて、エアレーションももっとたっぷりと――!」
おしゃべりクッキングでもやったらどうだという月並みな不平不満突っ込みも、当たり前に予測されていて、俺のハートのよくわからない部分が、しおしおと自信を失った。
肉。
焼肉。
チェーンの焼肉店に入った際に、ティーンのボーイにたどたどしく案内される、『煙吸い込み機』つきのテーブルが、西側の壁側に、ソファーに挟まれて在った。
「いい加減、自宅で焼肉できないの、腹立ってきてさあ。んで作った。自宅に換気扇、2つ以上あったっていいじゃない! ほら、フライパンで焼いたら絶対にクソマズでしょ? やっぱ肉は炭火か直火よ。鶏もだけど。
あと網もさあ、調べてみたら、底値、1枚30円なのね? 洗わなくていい! こいつァ衝撃だったわ。すぅげえ時短。ぜんぜんもったいなくないわよ、焼き肉屋で『網交換してください♪』って注文するでしょ? あれ、逆に洗ってるとしたら、コゲと脂落とすのにものっすごい量のアルキルエーテル硫酸エステルナトリウム使ってるから、そっちの方がだんぜん環境汚染よ?」
どうやらギラリちゃんの口癖は『いい加減』らしい。
「――っと。その――、あのね? まあ、今更なんだけど――」
挙動を含めた表情は、ネットで女叩きが趣味のメンヘラ嫌いが、秒でらぶりつしちゃうそれだったけれど、やっぱり自宅に生肉からドリップする映像は、不快でなくとも愉快ではなく、少なくとも異質ではあった。廃病院には居心地の悪さがあった。
「攫っちゃってごめんね?」
「さらっと言ってんじゃねぇーよ! かわいく言っても駄目っ!」
うっすい血まみれのトングをガチガチおっぴろげて、ギャハハと呵々大笑する。
むなしくなったけど理性よ、突っ込みの血が騒いだことぐらい、ゆるしてくれ。
網の上で牛タンが、じゅわー、っと鳴る。バカだから揺れるポニテが好きな男の目を奪う、灰色の煙の不自然なうねり。
「ちっ、うっせーなー。反省してま~すw」
本音しか漏れてねえ。
「はいあ~んして♡ レモン汁つけたけどいいでしょ、唐揚げじゃないんだから?」
せっかく目を閉じてやったんだから、自分で食うか、目鼻に押し付けてこいよ。
「ん♡ ということで。でもないんだけど、そのー、言っときたいのは、『いつでも抱ける』みたいな気持ちに、ならないでほしいってことなのよ」
「あん?」
「こっちは女の子なんだから、って言うつもりはないけれど、こっちは女の子なんだから。強ちゃんが私の嗜好品であるのであって、私が強ちゃんのご褒美ではないの。おわかり?」
言いたいことに限定すれば、さすがにちんぷんかんぷんではないが……。
それにしてもどうして俺なんだろう?
男なんていくらでも、食えそうな容姿をしているのに。
「だって女の子捕まえたら大変なことになるじゃない? でもほんとはアレよね。魔が差したってゆうか。つい、ちょっとした出来心で……」
つい。
ちょっとした出来心で。
魔が差した……。




