第零章 上京 006 籠の中で…
6
マジですることがないので、自分にできる範囲で、現状と疑問点を把握しておこう。
いやマジでネット環境不充分だったら、普段のルーチンがまるっきりできないんだな。
(テレビのリモコンでSOS発信できるようになっててもいいんじゃないのか?)
(いや、そうなると、監禁されている被害者全員が、テレビさえも取り上げられてしまう)
(異世界転移した連中は、こんな風にネット中毒の禁断症状で苦しんだりするのだろうか)
ネットのないNEET生活というものは、微妙に想像し辛かった。
4LDKのマンションの一室、丸ごと――?
とりあえず、開いてる部屋と部屋を行き来して、些細な解放感をむさぼる。
(隠し部屋なんかも当然あるのだろうが……)
玄関のドアの内側には、サムターンすらついていなかった。
(ここを調理器具等で、無理矢理破壊できたとしても)
(その外にはまた鍵がかかっているんだろうなぁ)
階段にも鍵。エレベーターにも何らかの『鍵』を求められるはずさ。
あの、元汚部屋から出られても、ここでせき止められてしまったように。
正直言って、下着ドロ予備軍の気がないでもなかったこの俺、条 強壮太だが、
(いや、まあ、誰でも、持参した網ですくい放題な金魚すくいには興が削がれてしまうか)
巨大なブラジャーは、申し訳ないが、単体で手に取ると、聞き及んでいた以上に滑稽だった。
どれが誰のものなのかは、まだまださっぱりわからない。
現状。
・自分のスマートフォン……不明。
・衣食住……妾付き。
・自殺……可能(しないけど)。
・包丁で反抗……可能(最後の手段だ)。
・監視カメラ……おそらく有り。
・ベランダから脱出……不可能(高所恐怖症のため)。
紙飛行機でも作って飛ばすか?
リスクの重みを相殺できる、テストステロンが全然足りない。
疑問点。
・彼女たちは何者なのか?
・彼女たちの本当の目的は?
・そもそもどこへ出かけた? 仕事か?
・お母ちゃんは心配しているだろうな……警察へ届け出てくれているだろうか?
・道耳さんは……どう考えても、『激おこ』さえ残していてはくれないだろう。
・これからの生活はどうなる?
新しい男をゲットして帰ってくる――という展開は、実に訪れそうだったけれど、それが6年後とかなら、絶妙に希望がないわけだ。
(どうせなら早い方がいいというのは、こちら側の欲求で)
(立場が逆なら、若い娘を若い娘と取り換えるわけがない)
都会でのひとり暮らしをバッチリ、シミュレーションしてきていた俺は、何度か聞こえた気がする『壁ドン』を、別にビビってませんよ顔でスルーしながら、炊事や洗濯を機械的にこなしていた。
(何せ、汚し方が逆に清々しいくらいなのだ)
(なんにせよ、仕事も家事も趣味も遊びも全部得意だという人の数は少ない)
ビクビクしてたら格好悪い。
関東じゃ小さな地震も日常茶飯らしいし――
自室は綺麗にしてるんだろうな、
悠長にそんなことを心配してあげて、
「!!」
今になって改めて、表層意識にはっきりと聞こえた『壁ドン』の向こうに、監禁されている絶望の男が、悲痛な心の叫び声が、ありありと目に見えた。
皮膚の外側は暖かいのに、自分の体幹だけが温まらない。
変温動物でさえもなくなったこの感触が、それ単体よりも気持ち悪いのだ。
実際は体温すら低下していないのだろう。
今後の活躍だか発展だか健闘だかを、無機質な単語の羅列に祈られる。
掃除機のスイッチを切ると、ニュース番組の向こう側から、ミンミンゼミが聞こえて消えた。
オートで始まる“過集中”にも、他人に肉体をジャックされたような、不快感を覚えるデメリットがある。
鳩、豆鉄砲、硬直する猫。
鏡写し、俯瞰、自己投影。
新しい顔。
古い顔。
戻ってこない。
戻ってこない。




