第零章 上京 002 危絵
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ひとつも噛み合わない。
(内臓か!?)
(絶対に臓器売買だ!)
何が幸いだったのかわからない。
俺の衣服へさわさわと、触れる指の数が白蛇。
時折地肌をのたくるそいつに、男性らしい体温を感じられなかった事実の、何が幸いだったのか!?
開けた眼前には、八重咲の“楊貴妃桜”のランジェリーで埋め尽くされた、夢の中の女子の自室があった。
(何を脱がされている……!?)
(マジでこれはなんなんだ!?)
愉しそうに頬ずりし合う、ふたりの女子だけが生きている。
どこへどう首を回してみても、自分の身体が見当たらない。
こんな風に手が透ける夢は、以前にも見たことがあった。
(!? !? !?)
(内臓……か……?)
やはり共犯。
シルバーと言ってもシルバーアクセのシルバーな、銀メッキが施された巨大な逆十字。
余所行きの帽子を脱ぎすてた彼女は、そんな都会都会した物質で、ふわふわツインテを閉じていた。
もう片方も『ふわふわツインテ』には違いないのだが、うなじの両隣、おさげの位置から、別パーツ(エクステ)みたいにくるくると、パーマがかかって“しだれ藤”。
前髪は“シルバーライヤーテールモーリー”。
そう、銀髪だ。
どういうわけか、まさかの白と銀が、しかも女の子同士でいちゃついている。
そしてまたしても、せっかくの銀髪だというのに、褐色厨のオジさん泣かせに、むしろこちらの彼女の方が、下着まで徹底して潔癖に潔白だった。
ドス紫な涙袋も、反骨精神を固めた唇も、日照不足で病的に、あるいは染料で人為的に青かった。
もう何も驚くことはない。
何も驚くことはないが――、
口腔内の分泌液が、鼓膜の裏側で攪拌される。
攻めてたはずのツリ目ちゃんが、いつのまにか攻められてる。
銀の十字をものともせずに、細い首を舌で掬う銀色のヴァンパイア。
危絵どころの騒ぎじゃない。
散々に玩ばれて捨てられる。
俺、条強壮太は、今度こそ死を覚悟した。
しかしこの場所には風の音もなく、倒れ込んで打ち付けたこいつは、砂利まみれの地面ではなくて木の床で、従って今すぐに轢殺される心配だけはなさそうだった。
取り上げられた直後にも闇。
今の今までゴーグルの中身が光っていたので、暗順応に時間がかかる……。
ようやく見えてきたと思ったら電気がついた。
ここは部屋の中だった。
舌打ちよりも先に、ヒッと小さく悲鳴がもれる。
部屋の中――。
より正確に言うなら、この場所は『汚部屋』だった。
あたり一面、赤茶に黄ばんだ八重の桜と、埃と黴とゴミの山――、
大丈夫だ、何も問題はない。
何故なら股間に貼り付けられていた指令書は、はがして読むまでもないものだったから。




