第零章 上京 001 白ギャル
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俺達の青春の思い出の帰ってきた大好きなギャルゲーを思い浮かべてはならない。
童心を呼び起こす始まりの空に、入道雲は未だ浮かんでおらず、緑であるべき木々まで青いあるあるに、もう一度心と頬が緩む。
バスに乗り込む。
OK?
いま君は、待ち望んでいた大好きな市営バスに乗り込んだ。
背後をとられるのが嫌でありながら、そうと悟られるのも、微妙に勝手にわけもなく恥ずかしいがために、後ろから二列目、運転席側のシートを選ぶ。
動き出して酔うかもしれないと不安になる。軌道に乗ったらもう安心だ。規則性があるようでない、この振動が心地いい。
天衣無縫。
人見知りだの、警戒心だの、猜疑心だのといった、自分の魚の腸にある、苦々しいものを生まれつき持っていない、底抜けに明るい白ワンピの彼女が第一ヒロインだ。
話しかけてもらえる。
それだけで、生存を赦された心地がする。
ころころと笑ったり泣いたりするところがかわいくって、でも土壇場では誰よりも勇敢に、困難に立ち向かって必ず道を切り開く……。
太陽は希望だけを照射している。
……。
…………。
………………。
「!? !?」
普段はおとなしいのに、ふとしたことで機嫌を損ねると、手が付けられなくなるクソガキ――いや、誰でも嫌いなもの、苦手なものに、無理矢理近づけられれば動転するか。
暗闇だけがそこにあった。
椅子か何かに縛り付けられていて、塞がれている口にも何かを詰め込まれていた。
滅茶苦茶に暴れてみても痛いだけ。
(椅子も固定、されている……!)
叫ぶこともできないとなると――どうしても。時間が経つにつれて、怯えて見せる行為に、最早意味はないんだなと、悟らざるを得なくなる。
脳味噌の中身ばかりが、瞼の裏でやたらと広がる。
若さと自信に満ちあふれた、ホワイトアッシュのツインテール。
苛立ちを誘う熱気さえも味方につける、サファイアブルーの勝気な瞳。
夏のブレザーを夏のブレザーたらしめる首元のリボンは、どういうわけか新品のボールペンの樹脂玉と同じ運命をたどった様子である。
おそらく汗ばむ、シミひとつない肌は谷間まで、オジさん連中に喧嘩を売りまくった純白で、静止画へ押し込めて彩度を調節しなくても、パープルピンクが透けている。
確かに彩度のやたらと高いバス停で、俺、条強壮太が邂逅した彼女はギャルだった。
ギャル。
白ギャル……。
ギャルゲーってそういう意味だっけ?
事実、意識を回復した俺はこの場所で、気の遠くなるほどの時間を、死の恐怖と戦いながら過ごしたのだが、その内容を事細かに描写して紙幅を浪費するのはやめよう。
そうだ『方言』がどうたらと、いう話に付き合わされて――?
ごめんそれは知らないと謝ったら、別のでもいいと返ってきて、方言男子が萌えみたいな困った横顔が一瞬間だけ儚げで、地元の訛りを解説したら、めっちゃ好感触だったっけ。
吸い込まれるような笑みだった。
(都会って怖ぇえ……)
彼女は悲鳴を上げて逃げたんだ。
俺がいきなり背後から襲われたから。
(都会って怖ぇえよ!)
(っというかガチで殺されるんじゃないのかこれ!? え、いま海の上じゃないよな!?)
どうせなら“カップレス”を着用していてくれればよかったのに。
ガチャリと戸の開く音がして、俺の鼻から“ファラリス”だけが汽笛した。
想像できる、できないの話じゃなくて『信じられない』。
このとき俺の脳味噌に刻み込まれたのは、実体験してもなお、信じられない出来事だった。




