マ魔ハロ編 エピローグ1
もしそうなら、《小煩悩変化》側を怨むべきなので違う。
事故または経済的な理由で、やむなく離れ離れになったのだとすれば、あんなにも人間、いや魔法少女を、片っ端から嫌う動機とそこまで密接には繋がらない。
当人が他界していると知りたくなかったのだと考えれば、まあ辻褄が合わないこともないが、それは汚いものを見たくなさすぎる病の発露だと考えた方が自然だ。
ごく普通の女の子。
魔法少女への覚醒を未だ夢見ている段階の、どこにでもいる女の子を思い浮かべてみよう。
ドキドキの小学校へ一歩足を踏み入れたあの時のように、彼女は当然それをも手に入れたいと願った。それをも含むなりきりセット一式を。
しかし当てが外れた。輪郭がおぼろに途切れるグラジオラスの額縁は、自分を取り囲んではくれなかった。そりが合わなかった、馬が合わなかった、今となってはもう、白馬の王子様の方がよかったとしか思えない。だから――
「いやあ、でもしかしお前、“ダマスクロベリア”じゃあなかったとはなあ」
「はん、うちをそんな弱っちい雑魚と一緒にしやんといて」
6月吉日、土曜日。
いつものエデンフォビア丸出しコスチュームで、地肌を執拗に隠しながら、ぼくはネクタイをクイクイしない。
「それよりどお? お見合いっぽい?」
地縛霊と見紛うほどに変化がない。
単なる寄り目な、自称マジカル・アイで、間違いを探し様もなかったので、ぺろ。ぼくはスカートをめくった。
遊ぶのにちょうどいいセクシーパープル。
みんなも大好きマイクロリボンは、今日もほどける気配を見せない。
妹の部屋へ入る。
彼女はまだ来ていなかった。
ベッドを見る。
牛乳アメフクラガエルクッションの雪山へ頭を突っ込んだぼくの妹、握刀川刃楼が、力なく気をつけしてぱんつ丸出し。
※うつぶせです。
「だからなにもかもどういうことやの?」
「ああ、うん。ええと、何から説明すればいいのか――」
と、窓が外側からノックされた。
見飽きることのない精悍な顔立ち。
チュコがこくっと生唾をのむ。
開けると音もなく入ってきた。
和福ろうでボランティア活動をしていた内の、2羽が。
着地と同時に膨らんで、部屋がめちゃくちゃ狭くなる。
チュコがいよいよドキドキする。
洋画の神獣の虎に翼は、いつ見ても見果てぬ夢だった。
ぼくは言った。
「紹介しよう! こちらが握美の『パートナー翼ブラックジャグリオン』、血肉眼の黒飴! そしてこちらが、火菜の『パートナー翼ホワイトライライガー』、枝垂れ縞の鉄瓶だ!」
「ギャーッ!? 去勢されているっ!!」
後ろから2本同時にめくったチュコが、絶望に左五稜郭を見開く。
よく広げて覗いてみても、仰向けになってすべりこんでも、朝に紅顔ありて、夕べには――……
「去勢されてちゃいかんのか?」
「いかんでしょうよ! どう考えても!」
「諦めるな! まだチャンスはある!」
「いいえ! もうオチは見えましたっ!」
ノックされたドアを見て、おしりを見る。
……。
過保護と紳士は別物なので、どうぞと言うと、かちゃりと開いた。
茫然自失のおしりを見つけた彼女にはもう、上目遣いの遠慮はなかった。
「刃楼ちゃーん、きたよー、夜々だよー♪ 今日一緒にあれするよていでしょ、おきなさーい」
「…………」
「かわいいおしりだなー、たべちゃうぞー♪ がぶーっww」
「…………」
上目遣いにも色々あった。
たとえば獲物を咥えて運ぶ、子煩悩な黒豹のそれとか。
「、いちおう挨拶しただけー」
下ろされた長い睫に、皙の女王が浮かんで消えた。
唾液も歯形もすぐには消えない。
黒飴と鉄瓶がごろごろと遠慮なく、家具類を少々押しのける。
鞄からごそごそと取り出されたそれは、ザ・女児向け玩具だった。ぱか。のそのそと覗きこんできた耳の裏をカリカリ。片手じゃ足りなかったのでちょっと中断。ぼくもチュコを膝に乗せた。妹の学習机の椅子で。
「もう私決めてるから。ぜったい白。白い子ー。でも目の色がなー。なかなかなー」
「…………」
「ぴこーん、あーもう繋げちゃった。私もうちらっと見ーえた。すみませぇん!」
はいはいと出てきた男は、額に『アイラブ猫命』という鉢巻をしてクソスベっていた。
髭がない。
「んん? なんだい餅美。自己アピールかい? はっはは。こら米美、おとなしくしてなさい。ああっ! あっぶないなあ味噌美は。平気だってわかっててもヒヤヒヤするよ、もう~」
「白い子いますか!? あの、まだ、きょうはみるだけでおわるかもなんですけど、あっ、でも、金目の子はちょっとこわいので、できたら……え? はい。どのく……、あー、ですよね~?」
クッションがガシガシぽいぽい、剥ぎ取られて投げ捨てられて、死んだふりが通用しなくなる。
でも地味に意固地に悪足掻き。
「ほら、刃楼ちゃんも見て……! もう決めたんだから。今日はぜったい一緒に、あーっ! 今の、あの、マスカット色の目の……! きゃーっ! 女の子ですか!? はっ、いやまさか、ええ――っ!? ほんとに!? これ……、ちょっ、刃楼……、見ろ……! ど・う・か・な……!?」
「……、かわ……いい……」
「~~~っしゃ! あ、いえ。はいっ♪ その子で! ああ、ちょっと待って、刃楼ちゃんはどんな子がいいんだっけ!? ほら!」
「黒……で、目が……緑の」
そこは緑がいいのか。
あんなにも、いしのちからにかんけいなく、かってに涙がこぼれちゃってたのに。
「あの、緑と言っても一般的に、青みが強い方が価値が上がって喜ばれる翠緑玉のことは一旦忘れてもらって、金緑石って言わなくてもさっきのマスカット色と同じ色のことなんですけど、とにかく青緑じゃなくて黄緑の、緑がいいんだよね? 刃楼ちゃん!」
「あ……、あ……」
「そうだって言ってます! え、あんこくぐん? ディオハリコン……? はいまあとにかく蛍光の……あーっ! その! えぇーっ!? うそーっ!? その子にします! すごい! えっブリードしてるんじゃないんですよね!? ぐうぜんに!? わざわざブリードしてくれたのかとおもっちゃった♪ オラ、ちゃんと見ろって……! もうこの子にしたから、この子でいいよね?」
「お……、お……」
まあ黒髪緑眼と緑髪黒眼は、全くの別物なのだけれども。
ましてや。
「あっ、はーい♪ よろしくお願いしまーす♪ きゃーっすごい! ふつうシロフクロウでも黒の斑がたくさん入って自称白梟なのに、理想の白さだよ!? お互い理想の子が家族になってよかったね? 刃楼ちゃん!」
「う……、ん……」
《知らない欲望》の魔マメモは選択されなかったので、やはりあいつは女性だったのかもしれなかった。
「あっでも黒猫さんはじっさいに近くで観察すると少し赤茶っぽく見えることもあるあるなんだけど、特にお日様のまばゆい光のもとでは。でもきほん、黒猫さんのみんながそうだから別にそこは夢がかなわなかったとかいった話にはならないじゃない?」
「ん……。うん……」
刃楼は《救済の守護神》1枚しかゲットできていなかったためにそれで。
今、懐の深い元野良猫と、浮かばれぬディザイアスのメモリーが、超・相乗効果する――!!




