第三章 闇髪の注瀉血鬼 01 注意報発令中
凄惨な光景だった。
鉄のシャッターを幾度も殴打した拳は紫になっていて、違う方法を試みた際の衝撃に耐えられなかった爪も無残に数枚、その辺に散らばっていた。衣服もところどころ焼き千切られており、大量に溢れ出た涙で、化粧はぐちゃぐちゃに溶けていた。
「触られ、たんだ……!」
肩で息をしながら、俺はそんな台詞を喉の奥から絞り出した。俺は疲労の所為にして、割合強めに瞳を閉じた。考えるべきことは沢山あったのに、考えている暇は全くなかった。呼吸が落ち着いてくるとともに、出入口が閉ざされている事実が現実味を帯びてきて、いよいよ涙が出そうになった。
自分たちはこれからどこへ逃げるべきか――? さっきのコンビニへ。どの道帰り道にあるんだし。この人を助けるべきか捨てゆくべきか――? 捨てゆこう。俺は自動体外式除細動器、AEDを起動するために、スマホのロックを解除した。
「ああっ、そうだ! お前、アーティカちゃんに連絡……!」
「もうした。戦闘中だって。ほら、あの、駅前」
妹が指差した方角を見て、俺はひどく落胆する。
俺の目ではあの特徴的な黄緑色の光を見つけることはできなかった。
「だから今日は遊べなくなってごめんー。だって。うんわかったーってゆっといた」
「お気楽だな……?」
人とは真逆に。
こういうときに限っては。
もしかしてこれは、全然会話が噛み合っていなくて、埒が明かない状況なのか?
俺が電話してみたところで駆けつけてくれるとも思わないけれど。
呼び出してみた。
繋がらなかった。
おい、死を宣告された人間って、一体何をどうすりゃいいんだ!?
問いかけた画面には、ゲリラ無目敵注意報発令中という大きな文字が、赤々と点滅していた。
いやだからどう注意しろと……。
「そういやこれって、ブラまで外して地肌につけなきゃなんだよな?」
「? 心臓は普通に動いてるかもしれないよ?」
あっ。そうか。でもそのためにも心臓に耳を当てないと――いけないこともないけれど、俺は男だし、瞑鑼は人間が無理なので、ジャージ少女に働いてもらった。すまん。
心臓は動いているようだった。
ああもう逆にわけわからん!
「起きて下さーい! さもないと電流を流しますよー!」
肩を揺さぶる。何の反応もない。だんだん変な気分になってきた。どうしてか出てきた、チーズバーガーとフレジェと海鮮丼をミキサーにかけてできたアレを、検索中に見てしまったような気分に。時間がないと繰り返す。結果的に惹きつけられてる場合じゃないぞ、本当に見捨てていくべきだ!
「お兄ぃ、お薬は?」
「うんっ!? あ。でもあれって、副作用で死んじゃう確率も結構高いんだろ?」
「でもこのまま放っといたら食べられちゃうよ?」
「そうなんだよなあ!」
また彼女に頼んでポケットを探ってもらうと、名刺ケースの中から本人用のそれが出てきた。一応110番してみる。結果は同じ。俺はキャップをねじ切って針を出し、腕の血管――? とにかく腕に刺し込んだ。