第四章 ぷにぷに 第七節 炎の稲妻心臓破り
「――《絶対先制煌帝雷刀紙背》」
驕気を諌める説明口調で呟いて、我が妻チュコレートが歩き出す。
誰だ? 誰が残っているんだ!?
と見回して少し安心。
しかしこの中途半端な甘さが、のちに命取りとなるのだった――というナレーションを予想できていましたよと、誰にともなく脳内で頑張ってアピールするぼく。
「なんや、封印でけるやん?」
拾い上げてにっと笑うと、翠鳥色の雷霆を受け止めた、五稜郭の自称魔法陣も消えた。
勝利のグーを思わず見つめて雀躍した青二獅子が、真っ赤な背景に漆黒の飛沫を噴出するゴミになる。
どうしてか心が苦しくなった。さっきはポジティブに見下して、意地悪くほくそ笑んだというのに。
「うらやましい、うまいらしい、うらやましい、うらやましい! 嗚呼そうですか、そうですか」
小豆色の血痕が、じわじわと絶命してギャアギャア泣いた。
頭部のカラスが赤子のように。
「巣ごと爆破されやしないかと毎日々々怯え続けるなんて、とてもじゃないが性に合わない。なにも盗って食いやしないよ! 肉片なんか腐るほど溢れているんだからな! ……ですから私はそういった理由で――、子羊肉の食感が大好きです♪」
ついに闇夜の太陽刀、《月ノ夢》が実戦で抜刀された!
『雌雄を決する』にも男尊女卑の薄汚い影が憑いているので、10年後には『黒白を決する』とだけ辞書に載る。
クロウズグリードは羽ばたかない。
ブラッドオレンジソードスミスは追いかけずに火を吹いた。
何十発も、地上から。
ここまで計算された平和最強説だったのだ!
生命の危機に瀕したことで、《青二獅子》のハーレム強奪欲は、むしろ限界まで高まった!
斬撃を受けても萎えない猛攻!
怒涛のラッシュをほぼ無効化する着ぐるみの頭部、赤ちゃんライオンのフェイストップス!
「うウう……、されてイるウ……、マサれてイっイ、イま此処デ! レオが勝つウウウッ!」
「きゃあああっ!?」
ごすンと押し倒されてブチブチと引き毟られ、ノースリーブを亜光速で駆け抜けて、彼女は貝殻を潰されたヤドカリよろしく、女子ビーチバレーボール選手丸出しになった。
「ナいはズだ、ナいはズなんだ……! 壊レたら捨てらレるオもちゃのよウにかき集めらレた、はーレムの中の不幸な女が、自ラの意志で、欲求デ! ソの崩壊を防ぐ闘イに命を賭ける理由ナど、ドコにもナいはズなんダよ!
騙されてイるッ! 洗脳されてイるッ! お前が出てコい、そこの男をぉおアッちゃぁ! 熱づぁああああああああああアアアっ!?」
魔法少女とはどうやら、人類を守るため極秘裏に建造された超巨大ロボであるだけでなく、かつて日本列島を舞台に華々しく隆盛を極めた、怪獣映画の生まれ変わりでもあるらしい。
「みたい……からさ」
「ナん……ダと……?」
水溜りで転げまわって火を消した男が、遠くでのそりと這い起きる。同時に彼女も肘を使ってむくりと上体を起こした。
口の端でくすぶっていた碧い炎がぬぐわれる。吐き捨てられたそれはまるで化石燃料で、更に燃えないアスファルトに咲いた。
「揉みたいからさ! 私自身が。女の子のぷにぷにした……あらゆる部分を、ね? ぷに?」
「それワ本気で言ってイるのか……、《女子力満開鳥獣女子》! 『逆禁欲』の、ヒクイドライオン!!」
主役っぽさが一層際立つ、本日限定、気まぐれの赤いマフラーが夜風にたなびく。
「そうぷに。女の子にも色々いるぷに。なにもかもが男子と平等ではないぷに。女の子は男も女も産めるしぷに? なによりかつてはピュアな気持ちで、大好きなおいしいおっぱいに、笑顔で真顔でむしゃぶりついて、べろべろちゅばちゅば飲みまくって――いたんだぷに!」
「そ、そウだ……!? 男と女が完璧に平等であるべきだといウのなら、女の赤ちゃンはひとリ残らず、父親の乳首に吸いツいてイけなければナらなカった……!」
「そうぷに! おっぱいの全てと全てのおっぱいが大好きだった幼き日のメモリー! これだけは、今更どれだけ興味がないわとツンデレしても、偽ることができない真実ッ! ぷに!」
「……ッ! ……くッ、物扱いされタい変態とは全く違ウベクとルに、こんナにも『純潔』な変態がイたとハな……」
「だから私は戦うぷに! 私のハーレムを守るために! 百億の女体をこの手でぷにぷにするために! そしてあわよくばっ!」
しゃりんっ、と放り投げられた“侘寂禅那”が高速で回転、ぼくが無責任に戦慄する!
「やめろっ、鋒に直撃すれば、お前の掌が鮮血に濡れそぼるぞ! ヒクイドライオンッ!!」
「ミラクルフィーメール・プリンシパルパワー・ファイナルチャージ、ぷに!!」
逆中火の先から噴き出した、幾筋もの《赤い気炎》が、沈みゆく雄飛を想起させて揺曳。
1、2で跳んだ。
酔拳の白鳥が鎌首をもたげ、弓なりに大きくのけぞって――!
「《炎の稲妻心臓破り》オオオッッッ!!!!」
神なる劇画で合計4回振り下ろされて、再び背景が真紅になった。
マンモスの肋骨へ上下さかさまに速贄された矮小が、断末魔の叫び声をあげる暇なく干からびる――
着地。
「……髭を生やして出直しな、いつでも刈ってやるからよ。ぷに?」
IH調理器にも負けない、圧倒的天然ガスの力!
ご家庭でもお手軽にチャーハンがパラパラになるより速く、練習で受けた古傷がうずいた。




