第四章 ぷにぷに 第七節 クロウズグリード登場
「俺にだって、死ねるわぁぁぁあああああああああぁぁぁああああああああっ!!!?」
身長は170強、銀メッキに輝く、蛇口の三角ハンドルは、胸部中央のものが一番大きい。
「《死亡活動》!
死への好奇心や、臨死体験を求める無邪気な邪気が寄り集まって誕生した、煌撃系の《百二十五万九千七百十二煩悩》!
死を渇望しているがゆえに、生を与え続けることしか嫌がらせにならない類の不死身だ! どうする!? 殺してくれるまで殺しにくるぞ!!」
単にやる気がないのか、脳内でハッピーを反芻しているのか。
少なくとも他人の話を聴く気だけは確実にない、気怠そうな眼差しに、踵まで伸びた日本人形の黒髪。
驚天動地なオフショルダーの白衣で身を包み、頸部に直接ネクタイを巻いたあいつは、女性ではない男性に見せかけた女性なのかもしれなかった。
「思いませんか? もったいないと」
額の宝石を白濁の瞬膜がずるりと綺麗に汚してやっと、頭からV字に突き出た角が、二鳥の嘴であることをぼくは理解した。
「死肉を貪る獣のくせに、一度もないとは言わせない……」
腕は細く長く、しかし掌に向かうほど、なで肩なのに筋骨隆々で、肘から先は鱗に覆われ、ふっくりとザラザラした肉球も有する三前趾足の指先には、巨大な鉤爪がゆらめいている。
「偶然の産物でいいんです! ほんの一部分でいいんです! どの道焼却するのなら、鳥葬したっていいじゃない!? たとえ私が、鳥ではなくとも……」
「《興味人身》!
その名の通り、人身に対する過剰な愛情から産まれた、険撃系の《百二十五万九千七百十二煩悩》だ!
人は人を好きになり過ぎても罪を犯す! 初めは触ってもらえた己の肌へ、舌を這わすだけで満足できたのに!
ちなみに痛風と糖尿で勝手に自滅した、兄の《残飯全席》に比べれば、いくぶん食には興味がないぞ! しかし見方によっては、同じ量を所望しておきながら香りだけを愉しむ此奴の方が、より悪辣であるとも言えるッ!!」
彼こそが、こうはなりたくないと、ぼくが恐れていた男だった。
200センチを飛び越えてしまった、しゃくれにしゃくれた彼こそぼくが、密かに探し求めていた下位存在だった!
肩幅も広いのに筋肉はまるでなく、その細腕には産毛さえも見当たらない。
口から上を覆うのは、赤ちゃんライオンのフェイスマスク。上半身は、着ぐるみの頭部を無理矢理着てみた、赤ちゃんライオンのフェイストップス。下半身は今更、独創性の無さみが激しい、ぴっちぴちの黒スパッツ1枚。聞こえてくるのは、逆に舌が足りすぎている、濁点まみれの籠り声。
「貴殿のハーレムを、頂戴シに馳せ参ジた……、」
「《青二獅子》!!」
そして最後の彼こそぼくが、いや、全ての男子が嫉妬に寝込むこと間違いなしの、ちょうどぴったりこうありたかったと、死ぬまで劣等感を抱き続けずにはいられない、《百二十五万九千七百十二煩悩》であった!
「可哀相だろ、可哀想だ。子孫のことを考えろ。劣性の人間の分際で、権利を主張するんじゃない」
第一印象は化狐。
「お前たちは、肥料にされる以外の未来を夢見るな」
さらさらのショートヘアなのにどこかふんわりと七三分けで、そこから覗き見える額は、生姜を乗せた鰹のタタキに最も適切な量のポン酢を容易に連想させた。
「証明されている、選別されている。少女漫画で、深夜アニメで、あらゆる理想の舞台の上で! 1000万年も昔から!!」
つむじの辺りでおなじみの寝癖がVサイン。面長でもなく小顔でもないけれど、確実に顎は小さく、真横から見たときに限って、鼻が鋭利に高く尖った。
「つまり一重まぶたの君達こそが? 人類の脚を引っ張っていた諸悪の根源だったのだ」
「《二重毒心》……!
決して超絶イケメンではないのに直視するとドキドキしてしまうのは、下がった口角と冷めた眉、自信に満ちた切れ長の瞳が、黄金のブロッケン虹彩と……、」
「ああ、当然女性は別ですよ? 僕が赦さないのは、二重まぶたを自称しもしない男子です」
「これじゃ攻撃できないわぁっ!? 二重まぶたTシャツは激ダサいのに! はくちゅん!」
「ほんで? あいつは何系やねん。プリケツ美少女、プリノーパンww」
「ノーパンにした犯人は貴女でしょう!? キャーッ! やっ、マジで、」
「僕は漢撃系ですよ、美しいお嬢さん?」
(漢撃系……)
突然始まったおかしなダンスに、本人だけが愉快に笑う。
耳たぶを甘噛みされた後、どう見ても薄紫な自称銀髪が、ジャリジャリと臼歯ですり潰されて、目が助けてと血走った。
「畜生、二体いたのは、二重まぶたの方だったのか!」
「ぇ、いやレオはまだ何も……、その、実ぁ」
「お姉ちゃんっ! 私の……、これ……、使って……!」
「えっ? あ、ありが……、いやショーツを八つ裂きにされたのはあいつだ」
「むぐーっ! むへへ!?」
変身は解けたけど茶依ちゃんは生きてた。
そういえば毒趣味な平時から、ありえない角度に曲げた自撮りが趣味だった。
「へゎっ!? ごごご、ごめんなさい私鳥目で、まだブラは持ってないから、あっ、持っててもサイズ合わないよね!?」
「ん? いいよ、このままで戦うから。最後まで男だと……、自称、し通してね?」
「ぉ、お姉、ちゃん……っ!」
漢撃系?
今見ただろうと冷笑しても、無関係な別人だとしか思えない。普段あれほど京見を冷笑しているのに、結局ぼくも、自分の目で見たものだけしか信じられないのかよ。
謎から始まりオチを待たずに謎が始まるこの世界は、消去法のみが指針だと言っても過言ではなかった。
《百二十五万九千七百十二煩悩》?
《自称四天王》?
《SCE4》?
なんだそりゃいきなりわけわからん。《百八煩悩》でさえ、たった3度しか出現したことがないんじゃなかったのか?
もうラストバトルなの?
覚醒してもいないのに?
《死亡活動》、
《興味人身》、
《青二獅子》、
《二重毒心》……。
亜畑もえくが人質に取られ、姉の御水倉彩は鎖帷子を、妹の御水倉茶依はお子さまぱんつを喪失。
(こちらに残った戦力は――??)
既視感が宇宙から降ってきたけれど、今度はすれすれで静止した。
しかしながら爆風が、ワンテンポ遅れて吹き荒れる。
妹が本番では噛まずに言えた。
姉がまた新しい番組名を叫ぶ。
男も濡つ度胸モードで砂利を踏みしめ、絶対先制の独眼竜から順に改めてフレームイン。
誂えたような4人の背中に、ぼくの喉で鼓膜が溺れる。
ダブらなかった青の栞も、並べてみれば違って見えた。




