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第四章 ぷにぷに 第一節 狐雨


「お、お尻を触る――とか……でしたっけ?」


「いやぁん♪ お尻♪ ねぇ、しんさんはどうしてお尻に興味がないの? うちせっかくお尻も自慢やのにぃ、んん~?」


「――まあ、そんなことをするような人だったら就任できないだろうとは思う。生徒会長とやらには」


「で、ですよね……?」


 根掘り葉掘り問いたださないスタンスが逆に、聴いてほしい本音を刺戟しているというのもあるだろうか。南風ヶ崎(まぜがさき)はゆこ同級生はこの先も、比較的スムーズに、控え目ながら遠慮なく胸中を吐露した。


 人付き合いが一番不得手な人間とはやはり毛色が違う。

 生徒会役員なのだから、当然と言えばそうなのだけれど。


 唯馬ゆいまママも連れて来ればよかったと、ぼくはいつもより妙に静かな妹を意識しながら考えた。


 そういえばあの話は、ゆこさんにサイン入りの絵本を渡す直前に聴いたんだっけ。五百良ゆうらも知らないし、人美木ひとみきさんも知らない。もちろんチュコもだ。


 どちらかひとつなら強引に『自然なことだ』と考えた方が格好良かった。しかしだな。似たような事件がふたつも起きると、『なにかおかしいぞ』と斜に構えた方がクールに見えるのだ。


 簡単にまとめてみると、夜々(やあよ)さんもゆこさんも、男子に外見をからかわれた、イジられた。

 スカートをめくられる再現VTR。

 お尻を撫でられた証拠写真。


 ひとり非情世代……か。

 悟った者や解脱した者も、ぽつぽつ出来上がってきただけであって、不幸を耐え忍ぶ子どもや、治安の悪い地区が消滅したわけではないのだ。


 そういえばぼくの妹、握刀川あくとがわ刃楼はろうも、逆に若すぎるがためであろうが、冷めきった目をしてはいない。


 本日以外は。

 ううむ。


 学問科学時代は大自称魔法少女時代でありかつ、大混沌時代であるとも言えるのかもしれない。

 有胎盤類と有袋類と単孔類が、同じ時間に地球上をのし歩く、欲張り天国も驚天動地の新時代。

 パラレルワールドが朝飯前に混在する、完結しすぎた新世界。


「ぼくたちはこれから、何をどうしてゆけばよいのだろう……?」


「いっぱいちゅーして繁栄してたらええんよ」


 チュコの中指の腹が、するりとぼくの肩甲骨を這う。


「だって人は気持ちのいいことをするために生まれて来たんですもの。それともなに? あんた気持ち悪いことを積極的にやりたい思うの? それはマゾとも言わんで」


「んー、それならお金、お金稼がなきゃなあ……たくさん」


「はーい先生! 私も悩んでま~す!」


 右手を高く上げて背筋をぴんと伸ばすと、刺戟が強すぎたのかまたしても、年下男子好きのお姉さま方が、かわいいと思わなかったと言えば嘘になる。


「私、昔からお金持ちになりたかったんですぅ♥ どうしたらお金持ちになられますかぁ?」


 とはいっても、先端が蚊取り線香っぽく渦巻いてる系ではない。

 眼鏡を外してイメージしてみた。

 私見だが体格の垣根も跳び越えられそうだった。

『頬へざっくり内巻くサイドヘア喫茶』……。

 まてよ、これを五百良ゆうらでやったら――?


「先生、先生」


「ああ、うん。それはだね、きみ。何度も言っているように、『至高の化学反応(ゆずみそキュウリ)』なんだよ」


「ゆずみそキュウリ!? 初めて聞いたけど? なんのこっちゃ、どういうことやの」


「『手抜き恐怖症』というのか。ギャンブル嫌いの自称真面目系に多いんだけどな。――まあ、そういう頭の固いやつがいるから上が儲かる仕組みになっているんだけれど――、おお!」


 本当に素晴らしいタイミングで例の品がやってきた。ぼくはありがとうと言った。チュコがぼくの右腕へ、これ見よがしに独り相撲。別にぼくは誰も狙っていないので、頭をすんすんしながら、ルラメーバーガーをバラバラにした。


「スイカに塩、メロンに生ハム、ステーキにわさび、歌詞に曲、炊きたてご飯にだし醤油」


「そして柿の種に、柿の種チョコ……。それとチョコ!」


 それはものすごく、お金持ちな感じのする《ゆずみそキュウリ》だった。

 きっと赤い絨毯に金色の光が注ぐ、ガラス製の器なのだろう。


「『百点に仕上げられる余地を残したものをたったひとつでも提出するなんて怠慢だと考えるボクは絶対に世界一正しい』『百点と百点をかけ合せれば一万点。論破できるならやってみろ』――こういうのがいわゆる、間違っている方の努力厨だ。


 焼肉店で、中華料理店で、白ご飯にこだわってみられたらどう思う? お皿を高級にしてみました。お箸にもお金をかけました。冷水じゃなくて温かいスープが出ます。だからその分払ってくれるはずだ? 潰れます!」


 逸らされるまで、適当な相手に目を合わせ続けるというのもひとつの技法だ。

 こちらがこちらの判断で、順番に覗きこんでいけば不気味なのである。


「『ローリスクで済みかつ、ハイリターンが確約される地点を探ること』――これが『草不可避』を回避できる努力だ。


 厳しけりゃ安心できもするけれど、今しているのは第一に成功をしなきゃいけない場合の話でね。十点と十点で百点になるのなら、顧客はほぼ二十点分のコストで百点の商品を入手できる。そしてこれが普通の錬金術。この店では前髪ぱっつん大人ボブ味もかけ合わされるから、他の店に行かないでおこうと自分の意志で決断した連中がやってくる。


 だから人通りの多い土地を入手し損ねたら、人が集まるような工夫をすればいいんだ。鶏卵専用の自動販売機に、からすみ(▼▼▼▼)も置いてみるとか」


「卵、卵。うち卵大好きやから、今日も厚焼き玉子砂糖のやつ」


「うん」


 いや違う、必ず潰れる呪われた土地には敵わないんだった。

 風水も勉強しなきゃなあと考えながら再びタワーへ。

 宝籤要素が少ない試合の方が、勝率は上がるんだ。

 やりがいや達成感が犠牲になるから。


 スポーツ全般に言えることだが、プロの座席が少ないからこそ競争は激化して、より強い者が生まれる。しかしそれ(▼▼)は『観客側』及び『種全体』を幸福にするマニュアルであって、選手側の個人個人の生活を第一に潤してくれるマニュアルではない。


 芸能界でもそうだ。座席に限りがある。顔がよければ好かれる? 面白ければ売れる? 仕事を一生懸命頑張ったら生き延びられる?

 まさか。新しい顔がまた、若い頃の自分のように、まだ錆びついていないエンジンで、権利を掲げて迫ってくるし、面白ければハブられる。

 仕事が上手にできるなんてとんでもない! 先輩に同輩に後輩に人間に、嫌われることだけが、人間社会における敗北なのだから。


 極力座席の多い勝負を探そう。

 同時にいろいろと他のあれこれも充足したいなんて、言っていられない我々不適合者は。


「原因がなんであれ、ゆこさん本人が痩せたいと思っているわけでしょう?」


 やはり本日の握刀川あくとがわ刃楼はろうは、眼差し以外もシャープだった。


「自分の体形に満足してたら、悩むはずないもんね?」


「んっ!」


 核心を突かれてゆこさんがむせた。ぼくも心臓がドキリとした。指先でいじった前髪でおでこを隠す癖があるのかぼくには。常に手を拭いていたい癖もあった。しかしそれは刃楼はろうさん本人にも言えることだった。


 哀愁漂う大人の横顔。

 窓の向こうの曇り空。

 オリジナルのハンバーガーだけが、自信満々にチュコられる……。


「そ、それなら僕が何か手伝いますよ!」


「えっ!? い、いや、そんな、悪いよ……!」


「え。あ、筋トレするにも肌が触れたりしますもんね。汗とか……、いえ僕は平気なんですけれど、その――、こういうときは、男なのが邪魔だなあ」


「歩くとか走るとかすりゃいいじゃん、学校の中で」


「あン? 男?」


 ついに降り出した。

 さらさらと流れるように始まるも、秒で台風と見分けがつかなくなる。迎えに来てと連絡を入れるべきだろうな、いや待て予報をもう一度確認だ。


 狐雨。

 見えない壁に阻まれたしずくが、前衛的に伝ってみせた、甲斐なく来世へ溺れ死ぬ。

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