第三章 Q愛 第六節 ピンクパイア登場
甲高い女の笑い声が、歯医者しかない高級住宅街を跋扈する。
「くっ……、ピンクパイア、貴様ァ……ッ!」
自称魔力を使い果たして、ついに変身の解けた《ピュリティレイピア》。睨み上げる暗い左目。斜めに軋る皓い牙。力なく地を掻く掌と、膝から崩れて猫背になって、呆然と両手を見つめるぼくの妹。
「っ、これでいいんだ!」
咄嗟に肩を掴んだぼくは、見上げてくるも未だ焦点の定まらない瞳を、まっすぐに見つめながら語りかけた。
「お前は早く戦いたいのかもしれないけれど、そんなものはいずれ来る! 嫌でも、必ず! だからこれでいい……!」
「……へ?」
「ッアはははははははは!!」
愉しそうに勝ち誇って。
お腹を抱えて仰け反って。
「今、私……、たしかに勝って……」
「言うな! わかってるから……!」
――自称幻術。
光を支配されて、網膜を、眼球を握られた。
いや、それは今も続いている。友通町に、こんなにも悍ましい建築物が密集した区域はない。
……どころか、地球上のどこにも。
こんな――、
下顎のない逆さ髑髏を一様に掲げた、お菓子屋さんだけでできた国は!
「……ごめん、なざい、ひっ」
「どうして謝る! 小学3年生を戦わせようというのがそもそもからおかしい! まあ今は、そんな悠長なことを言っていられる状況ではないのかもしれないけれど、それでも……!」
「心ちゃんがきゅうちにおちいれば、ずっ、覚醒できるかもってたくらんでて……、えへ?」
「なにっ!? それゎあやまれ……!」
ぎゅうぎゅう。
こんなにもちんまりしたこいつでも、最新の超小型犬と比べれば随分と抱きしめ甲斐があった。頭皮を嗅ぐにも頬摺りするにも身長差がありすぎた。ぎゅうぅ……。
「さっきの衣裳、かわいかったなあ……」
「お前は何を着ても可愛いよ」
「えへへ……?」
出し抜けに新月へサーチライトが閃いた次の瞬間、
「《銀髪混入光彩陸離》!!」
奥歯へ強烈な電流が走った!
神経を直に嬲られる激痛で、妹を抱えたままひっくり返る。
エアタービンが底意地悪く唸りを上げる。幸い黒板に爪をなんとも感じない、ご先祖猿に無礼なぼくは平気だったけれど、《ピュリティレイピア》に至っては、弱り目に祟り目に、取り込んだお日様のにおいのする洗濯物の中に蜂だった。
あの高笑いが天丼されない。
当前だ。
竹を割ったような性格の、煌撃系がいてほしいとでも思ったのか、この間抜け。
おそらくあれが、8日前に街を刻んだ光る爪。
好きの反対が無関心なのは、険撃系の世界だけ。
ゴキブリは純粋に嫌いだから全力で殺すんだ。
「死ね」




