第三章 Q愛 第六節 帰り道のハロートーク
「いや別に、そこまで期待してないわけではないよ?」
「そうなのか」
「うん。『不闘の景品』の魔法少女も守りたいとおもうし、『三鬼の哀願』の魔法少女にも鋭くつっこまれたいとおもう。御利益がありそうなリリポップレインボーテールにも触ってみたいし、変身後のツリ目にも近くで見つめられてみたい……。
パフィンスカイブルーナイストゥーミーチュー!」
「パフィントワイライトレッドグッドイーヴニング!」
「パフィンナイトゥメアブラックグッドゥナイトゥ!?」
よく晴れた土曜日の、梅雨がまだ来ぬ正午前。こんなときまで警戒していたら何もできないので、散歩がてらのんびり自宅へ。
ポミトキがああなってしまった今、ぼくもマザコン克服活動を、進んで再開しなければならなくなったというわけだ。
いざとなったら魔法少女が駆けつけてくれる――でいいんだ。何も恥ずかしがることはない。赤血球が黴菌を食べられないわオヨヨなんて落ち込む方が間違っている。
「でもやっぱり期待しない。この前も言ったけど、覚醒できさえすれば共闘できるんだし……、それに、できたら例のアレが手に入るでしょ? 例のアレだけは確実に。どんな魔法少女にも平等に。だからそれでいいの。いや、なれるだけでじゅうぶんなんだけどね?」
「うん」
実際に作るとなると、どこをどう巡ればよいだろう――と、妄想がひとり歩きする。
登ってみた歩道橋からのラウンドアバウト。大通りの方が安全で、むしろ左折したがる車を待たせてだらだらと渡る青年ペデストリアンに対してぼくは憤りを覚えた。
ただ観測できないだけで、原子一粒の表面にも、百億の人が住んでいるのかもしれない。
「んー、煌撃系がかっこいいからなりたいけど、険撃系になるとおもう。ほら私って、どちらかといえばブルーカラーじゃない?」
ああ、それで、パフィンスカイブルーナイストゥーミーチュー……。
まあ、握美は両刀って感じだからな。
体育会系あがりの、バリバリ働くむっちむちな事務職員、みたいな。
「ああっ! 心ちゃん、あれ見て! 自称片栗粉100%使用だって!」
「おっ?」
私にもかまってと自分で言える女に、ジューシーな竜田揚げはよく似合っていた。マンガ肉がなんか浮かんだ。ああ、フライドチキン繋がりか。
「噛むたびに甘みが増す、この香ばしい鶏の筋肉……うまいですねえ」
どうすれば視聴率が取れるのか?
放送作家という職業の存在を散歩番組で知ったぼくが考える。
最も大切なのは受け手の表層意識の顔を立てることだ。
湯浴みの半裸を、性別にかかわらず数秒間だけ、悟られぬように毎回入れよ。
「うん、うまい! 一生に一度はあんなに大量の油を惜し気もなく使って揚げてみてえなあ!」
「じゅわ~っ♪ コリコリコリ……、ピッ、ピチ、しゃわわわわー……パチッ! あっつ!」
「刃楼、お前、声優にもなれるんじゃない?」
「あのー、これは私の弟の話なんですけどぉ? 一緒にアニメ見てたら敵の真似ばっかするんですよー。こないだはゴリラ怪人を見て、ゴリーッ! とかいきなり言いだしたりしてww」
テレビは廃れた、ネットの時代だ――なんて言うのは素人。たとえば空気は肺胞に需要がありすぎて無料だろ? だから逆説的に、需要がありすぎるものには商品的価値がなくなるんだ。ただ、努力量に正比例して評価されたいと主張してはいけないとは言われていない熱血漢が多いだけ。
「きみ、弟と仲良いの?」
「ええ、どうだろ。普通だと思いますけど、私、あんまり友だちいないから……」
「は、話変えよう!ww もっと明るい話題! なんかない!? たとえば――!」
ただの土でどれだけの功名心を刺戟でき、その結果、何億何兆の現金が動く? 景品に金の臭いをつけてはならず、素晴らしすぎる作品を仕上げてもいけない。宝籤だけに頼ってはならないけれど、厳しさを求めさえすればそれでいいという単純な問題でもない。
「恋の話はねー、なんでも好き」
「美女にうんざりしたクールなイケメンに、しょうがないなお前はって呆れられます」
「んー、ベタベタですねぇ。だからもう一歩ほしいなーとはおもうけど。まあ見ちゃうけど」
つまるところ生活費稼ぎというものは、最も適切に肩の力を抜かないと成功できない、超難しいやつなので、あります。
そろいもそろって作中作の方が面白そうなのはこのためだ。
「ところで握刀川さんは、愛してほしいと自分で言える人らしいですけれど」
「うん。言えるね。くれーって。うふふ♪」
「恥ずかしくて言えないよ~ってタイプのみんなへ、何かアドバイスをどうぞ」
「うーん。恥ずかしみにかいかんをみいだすこと? かまってくれるなら何でもいいっておもってるところあるから、私。叱られても成功になるのね?」
「なるほど。では断られたらどうしよ~とか、私みたいなのには無理だよ~ってタイプなら?」
「えー。もっとしつこく言う? よこせー、こちとら乙女じゃぞーって。だめか。今の時代、イケメンさんにそれしたら警察呼ばれるんだよね?」
「それは別に、そういう人だろ。いい意味で一途というか」
見ただけで性的に興奮できる顔。これが、めくりマニアを侮辱した脱がし魔のドヤ顔を初めからなかったことにする、『超・相乗効果の点』なのである。
白豚が悪なんじゃない。イケメンがエロなんだ。命のかかった真剣勝負に手を抜くやつの方が善人であると、ぼくは考えない。
「私ってサラダチキンみたいなところあるから、そんなに男子にモテないから」
「女子にモテてしまったときは?」
「そのときはー、えんりょなくおいしくいただく」
「変態なんですね」
「えへえへ」
「!」
さすがにこれは叱ろうと思った。屋外ということもあって、理性の圧勝だったからだ。子犬にフレンチキスをしたい欲求と、全裸でルパンダイヴしたい欲求こそ決定的に違う。
まあこの時代、そこまで倫理がなくなってはいない――とは全く言い切られないのだけれど。まさかこんなところでアホか。よくてアート、普通でグロだ。
「?」
どうも様子がおかしい。
神経を研ぎ澄ますと、握刀川刃楼は震えていた。
いや、これは怯えている……?
なぜ? どうして?
こんな田畑と民家しか周りにないガチ散歩道で。
いや、民家風の隠れた名店もあるかもしれないけれど。
なんだ?
指の差す先を見ると、そこには――!




