第三章 Q愛 第五節 ちやほやは正義
洗ったあとの下着なんか漁ってどうすんの?
とのこと。
意外と普通なんだ。ぼくのお母さんって。
気を持たせるのが得意なだけだ、思うほどこちらには惚れてないんだと、プチ落胆させる駆け引きの上手っぷり。
しかしここでいい気になりやがってと逆上したら、思う壺なのである。
自室へ再び戻ると同時に、お布団大福が羽化したけれど、ちょっと待ってもらって頭拭く。
「……そうゆうたいどがいけないんではないのかね?」
「はあ……」
古いから回転椅子がギッていう。
自慢の頭突きは、もう飛んでこなかった。
「きみには妹を愛する気持ちはないのかね? えっ? このように!」
「いや、それは漫画だから……」
「ねえ、ちょっと扱い違くない? なんで?」
「え? いや、それは……?」
そんなアホな00年代の自称ギャグラノベみたいな……こと……、でもないのか? あれ?
「もっと私にもかまってと、私は自分で言う女だ!」
「おお、潔いな」
「もー! なにそのはんのう! この、ひとり非情世代っ!」
「ちょっ、刃楼! 近い、近い!」
「ぬ~、いぃじゃん。かぞくなんだからぁ、」
「家族っつってもほぼ他人だろ……」
「うっわ! うっそ!? そんな風におもってたのぉ? さいてー。ふかくきずついたっ」
「ごめん」
「きもちがこもってなーいー」
「好きだよ、刃楼。愛してる」
「ええっ! いきなり、そんな、ちょっ……!? んくっ……! ……っ、……?」
「?」
「え、ちゅーは?」
するか。
いや、待て待て。
え。なにこれ? ドッキリ? 予告なしの検問的な?
「あれー? 恥ずかしいの? 照れてるのぉ? ふふ」
なんかの心の病気かなんかか?
女子は早熟とも女子の半数はえっちな話が大嫌いだとも聞くからよくわからん。
ああ、だから反対側か。
オープンかむっつりかで言えば前者ではある。
「やっぱりほんとはきらいなの……?」
「ちょっと待てお前さっきから何言ってんだ!? 嫌いじゃないよ!」
ぼくは涙目になった上膊を掴んだ。
予想に反して筋肉に拒絶されはしなかった。
「あんまりにも目の前で握美といちゃつきすぎたのは謝る。ごめん。いや、謝らない!」
「ええっ!? 謝れよ!」
「いやいや、お前もぼくの立場になって考えてみよ! このご時世、この図体で女子小学生を追いかけ回したらどうなる!? 少なくともそれは紳士ではない!」
「私は別にいいのにとおもってるのにぃ、へへへぇ?」
「いいや! 最初からちゅーするぞ、ハグさせろーって近づいてたら絶対通報してるはず!」
「しないよwww」
「しろよ! もっと男子を煙たがれ! 危ないから!」
「えー、男子とかそういう話は今してないでしょー? というかさ、」
何かを思い出してさっと戻ってきた刃楼の顔から、薄笑いが消える。
「心ちゃんの好きなタイプがわかんないんだけど。もっと主義を持つべきだわ?」
「はぁ? なっ、もっ、持ってるよ……」
「えぇ、どんなぁ?」
ぼくは親父じゃないというのに。
逸らした先で不自然に胸襟を開く自称少年漫画では、淫靡なグラデーションの乳暈が、そういえば大昔から解禁されていた。
「だからそのー、そういった? 見た目とかは2の次でな?」
「でもデブすぎたら嫌でしょ?」
「そしたら全食豆腐に変えて、3ヶ月間我慢する!」
「なんとゆう鬼畜の所業www」
なんでさ。豆腐うまいだろ。デブすぎる方が好きとかのたまうフォアグラの方が鬼畜だろ。ピザを毎日野菜抜きで、焼肉に白ご飯し続けたら、確実に早死にするんだからな。
「――で、それではお嬢様、私は何を構えばいいんです?」
膝の上で競り負けたぼくはしかし、胴体に両手を添えたまま問うた。
「2の次でな? ほな1はなんじゃ? 握美か? はよう言え。わしはきになる」
「あーもう、だからだ! べっ、べたべたしたい派っていうの? 触れるか触れないかの距離感でドキドキッなんか要らねえ! 思い出を集める暇があったら密着だ! 頭皮を嗅がせろ! 脾肉を揉ませろ! 情欲が続々漲る淫佚なその嬌声を! 十月十日耳元で舐らせろ!」
「へえ、それじゃ私とすっごく相性いいかも?」
「お前も大概変わってるよな……」
「にひ♪ だからさ、」
パジャマをぎゅっと握りしめてきた小さな掌にも負けた。自分の武器を最大限に活用したなあと感心した。しかしながらきらきらと背伸びしたお子ちゃま唇は、結局『3』になっていて、ふざけて重ねてもギャグで~すと処理でき……る、ような? あれ、何考えてんだ?
「だれも……見てないよ?」
「ちっ、血が繋がってるから、だめー」
「は!? 血なんか繋がってないわ! んーっ!」
「いや繋がってるだろ」
そこは捏造すんなよ。
「なにをぬかす! きさまは握美とまぐわる方が、血の濃い赤子ができるじゃろうが!」
「はーいじゃあこれでおしま~い」
「ひゃだーっ! もっとかまって、かまって! ちやほやしても、いいよとおもうから……?」
「まあ、『ちやほや』は、虐待にはならんかも、だけど……」
「にひひ。じゃあツボをちやほやして? ボイーン! うーふふw ……ほれ、はやく」
自称魔法の存在しなかった平成じゃあるまいし。このままってことはないだろう。いや、身長は別に欲しくないのかもしれない。剛翼天使にはならず、剛腕天使とも違った――ああ、日守さんを女装させた感じか? 絶対それだ。剛肩天使だ。
ああそう。
いやそこはさすがに……。
なんでも『ちやほや』ってつければいいと味を占めやがった。
デートはまだ可能だとしても、そっちはさすがに不可能だろ。少なくとも彼の方は都合よく海外旅行に出かけたりしないし、ぼくは自作の妹と踊る狂乱のアバターとは違って、第一に繁栄を試みる自信がある。
「それにさっき入ったところ、」
「お父さーん! も、一緒に入ればいい。おーい! 出ろ、出ろ」
勉強不足もとい資金不足の所為にするけれど、この絵面は今までになかったと思う。ぼくは着替えたパジャマで再び、刃楼はどうせ洗濯に出す私服のまま、そして日守さんが腰にタオル1枚で混浴だ!
雄尻はまだいい! 引き締めてもおもろいで止まってくれる! しかし隙あらば捲ろうと手を伸ばすおませさんから一体どうしてぼくがそれをあくまで紳士的に死守せにゃならんのだ!?
「心ちゃん、じゃましないで!」
「てめえ、ふざけんな!」
一緒に寝るところを見せつけられても平気だもんと高をくくっていたら、握美を盗られた。
まあ、お父さんは昼嫌いな夜行性の生き物だしな。
なんて言ってる場合じゃない。
いや逆によかったと、電気を消して布団の中でぼくはひとりごちた。おあずけに屈した方がこうべを垂れりゃあいい。甘えても甘えさせても握美はうまいんだ。握美が一番気持ちいい。
それはそうとあの髪型。
ここにもあったと揉みしだかれて、顔を赤らめたあの女子力。
面影を残さなかった夜々さん。酷似していたユリノの頭。浄化も封印もできない、煌撃系の自称魔法……、少女……。
だからこそ関係ないを選べば外れ、それゆえに関係あると決めたら必ず、はいはずれーに行き当たる。
忘れてしまえば今が楽になる代わりに、もっと考えときゃよかったと毎回後悔するのだけれど、どうせ今考えたって何も判りやしないんだ。
ぼくはなんとなくスマホを握った。
殺さば殺せ。
たった一度選択を成功するだけで、一生分の幸せが掴める道理があってたまるかよ。




