第三章 Q愛 第五節 何かがいつもと違う室内
思いきり吸い込んでみても、ほのかに洗剤が香るだけ。
むぅ。
指先に神経を集中させて、矯めつ眇めつ検分。しっかりと渇いていて、どこも湿ってはいない。吐息を処理してからもう一度。何の甘味も酸味もない。
ふぅっ。
これ以上の調査は、自分の匂いが移るばかりで逆効果……か。
ぼくは改めて見回した。
何かがいつもと違う室内を。
(何か違和感……)
いや、違和感も何もないのだけれど。
しかしこれはどういうことなんだ?
なぜちゃんと仕舞っておいたはずのトランクスが、こんなにも無造作に散乱している?
なぜも何も誰かがやったのだ。ぼくが堪えてる男の視線に耐えてる間に。そして誰かと問うまでもなく、こんなことをしでかすのは、ムスコンの変態しかいなかった。
いや! それならどうしてこすりつけなかった!?
いや――違う。風呂上りに穿いたはいいものの、寝る直前でやっぱり脱いだ可能性を諦めなかったのだ。これなんかは多分そうだな。気持ちくたっとしてるし。湿っぽくなくもない。
しかしながら、息子のトランクスを嗅いで興奮する母親の姿は、案外と想像し辛かった。
だってこれ紙袋みたいなフォルムじゃん。女性用の下着は透けてたり触り心地がよかったりするから誘われる気持ちはわかるけど、これは……、ガッサガサしてて何の魅力もない。黒いし。短パンの延長でしょ? え? 紳士たる者ブリーフを穿けって? そういやいつまで穿いてたっけな。ママと呼ぶのをやめるのに、勇気が要ったのもいつだったか……。
こんなもんでよく我慢できるなと思ったけれど、ああそうか――連絡を入れた際の声色が蘇る――、あそこで長電話したら元も子もなかったから、15分で切ったのが癇に障ったんだ。それでこんな復讐をした。叱られたら嬉しいし、赦されたらごめんねとしつこくすがる私を本気で鬱陶しがってくれるから。
いじらしいぜ。
「一緒に風呂にでも入ってやるか……。おぉい、握美ぃ!」
「《フライング!」
「なにっ!?」
「オン・ザ・スクウェア》!」




