第三章 Q愛 第四節 Sneak
既視感と戯れる、なよやかな和毛。
整形できない絶壁泣かせの後頭部。
どくどくとせき止められる、右手との絆と相対時間。
(毛糸玉風味のツインお団子……?)
不随意に喉仏が生唾を処分した。
そういえば風が吹いていた。
お前なのかと直感すると、確信は未だ得られないままに、その他を閃く余裕が消えた。いやまさか、でもしかし、ということはお前もついに――!?
彼女の向こうで大きな爆発。
原色の配列がめちゃめちゃに痺れる。
それはそうとポミトキの手首に添えられたステッキが、ガシャリと強固な手錠になった。
『…………』
「、いやオカシイ、オカシイww ナゼに? いや違うんだ、チガウッ! 両方とも謎! オッカシイなあ、オッカッシイ!! 危険からジョセイを護った俺がナンデよ!? ツォオボ!?」
「往生際が悪いわよ!」
ああ、その声!
そうか夕方だったから!
ぼくは目を瞬かせて、年中明日から頑張る物腰の表層意識を刺戟した。
そうだ、うん、よく見ればピンクだ。それに今時髪型なんて、個人を特定するなんの証拠にもならなかったじゃないか。
想像力がない人だと見做されたくなさすぎて飛び越えちゃった。
どうせ負けるなら裏をかいて読み負けた方がまだプライドに傷がつかないから。
「ナンデだよォほァ! ズルイぞ! シキョウだ! シトを影からこっそり付け狙うなんて、正気な人間のすることじゃナイッ! なんでソイツが加害者にナルのは止めたノニ俺ダケ!?」
「それだとあなた死んでたけど?」
「違うダロッが! その前のハナシだよぁあワウアン! イヤだぁ! 違うよコレわあ!」
「痴漢の現行犯逮捕ね」
「ハッア~~~~~~ッ!? はハハャダァっ……! うーわ、うーわん!」
「ユッ、じゃない。パフィ、ン、でもなくて……! ジ・オキシジェンさん!」
「はろー♪ 心至福。寵愛してる♪」
「どうしてここに!?」
「いやあ、それでも脱ぎ捨てられた下着があったら見ちゃわない? 私なら嗅ぐ自信があるね。っはぁ♪ そんな感じで今日も握美をストーキングしてたら、たまたま偶然手が出ちゃったの♪」
「その謙遜、超かっこいいッス! マジで小生貴殿に憧れるッス!」
「感謝しなさいよー? ふふ♪」
「あィざィまァーッス! ッス!」
ぼくは自慢の打製石器をその辺に投げ捨てて、土下座――は、愛してに変わるからやめた。
「ダメだぁァアァッ! ダメだ俺にあんな処置を施してわハァッ! アアーッ! 握美ぃっ! お前の所為だ! なんとか言え痛い痛い痛い痛い!?」
そのお団子ヘア超かわいいッスと言わせていただくと、興信所から飛んできたリーダーは、学生の時分に鍛えたことがあったのか、スマイルひとつのお手本を見せてくれた。
やはりどことなく似ている。
あと5年どうにか生き延びれば対面できる、中学2年生の妹に……。
「鬼だ! 悪魔だ! あんな処分は非道過ぎるッ酷過ぎるっ!? 殺人! 殺人と一緒だよアンナノは! ははああはハアはああああ嫌だ! 俺は握美が好きだよおかっ、んぐっ吊り橋効果わ、オンナノコの本音をキュンキュンさせるっ! だからあっ、くみィ! 愛してうふぅ!」
最後までうるさいやつだ。
本当に魂が遺伝しなくてよかった。
そう思った時だった!
ぼくの体が勝手に握美を求めたのは!
同一視されたくなかった感情を同族嫌悪と呼ぶのなら、ああそれで大いに結構だ。ぼくは無言で彼女の体を抱きしめた。
謝罪すればよいのだとも一概には言えないし、反省すれば未来の安全が確約されるという話でもない。
男が女性の身を案ずるなんて、いつまでたってもたけだけしい。対策を練っていたがゆえに裏目に出たことも、もう過ぎたことだ。
「うぅ、くるしいぃ。心ちゃん、ごめんね?」
「そうだよお前、声から全部エロいから、男が寄ってくるんだ馬鹿! 気をつけろ!」
「いたいっ! ごご、ごめんなひゃいっ!?」
なるほど何の魅力も感じられないお尻という膨らみも、世間体を気にせずに安心して突っ込みを入れられる部位としてなら、まだ好きになられそうだった。
「おかしいわ! 浄化も封印もできないなんて!?」
反射的に振り仰ぐ。
咄嗟に受け止められた巨大な看板が、上方から4、5名もろとも、幾筋もの鋭い光で切り裂かれる。




