第三章 Q愛 第四節 繊弱の唯馬ママ
昨日、19日の木曜日に授業参観があったらしい。そこでこの唯馬ママが、夜々ママつまり火七さんへ、もう一度謝罪したのだそうだ。
そこまでは普通。彼女の立場からすれば、軽い会釈で済ませるわけにはいかなかったのもよく解る。しかしまさかの息子不在でのそんな行動が、言外の意味を読み解かせない結果に繋がったのかといえばそんなことはなく――
というか原因がどうであれ、結果的に我が子が排斥された教室で行われる授業をひとり最後まで参観しましたって、もうその目的でとしか考えられない。
超こえーよホラーだよ。
トランプタワー式起爆スイッチだよ。
よくその場で全員が消し飛ばなかったな。
まあ日本人的な応酬がありまして……。
最終的には、別の怖さをいつでも持ってる母なる大海が、本日の息子同伴型ママ友デートを企画したというわけだ。
しかしこうして直に会ってみると、気が弱いためになかなか話しかけられなかったのだろうとか、授業の終了を待ち構えている方が不気味に違いないと判断したに違いないとかいった風に前向きに解釈できるから不思議だ。
……単に親近感が湧いたからか。
慰めの言葉を得たいがために、自己を弱者扱いしただけだ。
それにしても問題は山積みだった。それはそれと置いた場合、毛髪しか残らないほどに、唯馬ママは悩み事でできていた。
病弱な体質のこと、配偶者のこと、その親族との付き合いのこと、そしてまさか自分の息子がこんなことをするなんて……。
握美は聞き上手でなくもないので、吶々と喋り続けているけれど――彼女の場合、全部吐き出す方がより悪化しそうな気配。
「最近奥歯も痛みだしてきまして……、どうすれば心って強くなるのでしょう?」
「とにかく考えない時間を作ることね! たくさん寝てる? 昨日は眠れた?」
「いいえ、まったく! ……不眠症って、どうすれば治りますか?」
「食べ――てもお腹壊すんだよね? ううん、ご飯とパンが睡眠導入剤代わりになるならまだ簡単なんだけど……、好きなこととか、好きじゃなくても得意なことは?」
「……………………。……………………」
ほら。
羨むなんて下賤ですと押さえつけているようにしか見えない。
あいつの話でもしてあげればと水を向けると、握美は頑張って前の男との失敗譚を披露し始めた。
うむ。やはり、今の唯馬ママには、他人の不幸話を耳へ入れることの方が、健康に良い様子である。
唯一の救いというほどでもないけれど、息子当人は想像していたよりも数段、明朗闊達だった。
これはどういうことだろう?
ママと同程度のメンタルなら、普通はここまで来ることもできないはずだよな?
ましてや赤の他人に会うことも。
態度まででかいぼくを見て、ばつの悪そうな表情を見せないことも。
母親の容体を心配して自宅待機を選択――、
そいつは考えすぎか。
いや違う。夜々ちゃんを泣かせておいて何ヘラヘラしてんだもっと反省しろ――じゃなくて。
天一神唯馬ちゃんは、誰がどこからどう見ても――、
かわいらしい女の子だったのだ。
そりゃあ信じられないはずだ。
さぞかし脳味噌がシェイクされたことだろう。
身に覚えがないという情報は既に握美から仕入れていた。
となると例の自称魔法を誰かから受けたと考えるのが妥当。
そしてそんなことができるのは、良いことを考えなかった自称魔法少女か、偽歳クラスの小煩悩、Dしかいなかった。
この子が嘘をついていなければ。
ぼくはまた、なんとはなしにそんな推理をひとりした。
次に会う予定をメモしている姿を見て、唯馬ママの心労が軽減される代わりに、握美がすり減る未来が見えたぼくは、少しだけ不安になった。
なんでも背負いすぎなんだよと心の中で毒づく。人並み以上に他人を思いやることのできる人間に、滲み出る甘やかしたい本音が、結果甘やかしてしまう天然が、備わっているのはどうしようもないことだと解っていたのに。
冷却期間まで贈呈してから再考させるこの戦略を、三段構えの相乗効果と勝手に命名。
でも要らない。
ひとつのマグをふたりで使った方がいいからな。
商店街で晩ご飯のおかずでも買って帰ろう。
意味のある買い物が大嫌いな女子もそうそういまい。
というわけでそろって歩き始めたそのとき、それは突然やってきた。
真っ赤に染まる夕焼け空に、物々しい咆号が轟き渡る。
ギラリギラリと自衛隊員が、翼で、箒で雲を引く。




