第三章 Q愛 第二節 人美木さんの恋愛相談
二
火曜日の放課後、もしも都合が悪ければ、学校についてのコラムという名の愚痴でもこぼしながら帰宅しようと、あいつを探したぼくの目に映ったのは、人美木さんの胸だった。
余韻っ。
「あのー、ちょっといいかな?」
というか、学校好きについてのコラムになるだろうか。
やはり、ストーカー予備軍ってのは居ると思うんだよね?
好きな人の吐いた息を吸えることが幸せとか、顔が見られるだけでいいとか、何がいけないの合法じゃんと言われてしまえばそれまでだけれど、ぼくはキスとハグができなきゃ嫌だ派だからストレスが溜まるんだ。
全員握美ならそりゃあ好きさこの場所も。
「あや、無視された」
「あ、あいや違う。あの、ぼくってのろまで、この外見は張りぼてで……! あっ、リリクロ活動? だよね?」
「ああ~、まあ、うん。そうそう」
一応の肯定……。
今その単語を思い出したような口ぶりで、彼女は隣の席へ座った。
「私、握刀川君に折り入って相談したいことがあってね?」
前髪ぱっつんの大人ボブから、滲み出る女子力が凄まじい。
裏があるとしか思えないのは、見るからに緊張していないから。
それでも今から告白されるのではないかと閃くぼくがいて、では話も聴かないのかねと囁く下心と手を組んだ。
ああもう帰っちゃった。
まあいいか。
「、なんか用事あった?」
「ううんないない。それで、え、相談? いきなり? 急を要する感じなの?」
「ああー、まあ、うん。そうかも? いや友だちの話なんだけどね?」
掃除の邪魔になるので教室を出る。
植物園部の活動を尻目に、石のオブジェの埃を払う。
「簡単に言うとさ、長身男子に恋してる子がいてね? その子の相談に乗ってて。ああ、私、恋愛相談部。それで――そのー、何か助言してくれたら嬉しいかなって」
「恋愛相談部……」
いやいや。
いや……?
純粋に期待しておいた方がおいしいか。
意外性はないけれども。
『騙されてやーんのwww』と煽られてから、『え? 最初から気付いてたけど?』なんてお澄まししてなんになる。
それが嫌なら今すぐこの子を放置して帰るべきだ。
「握刀川君たち3人って仲良いじゃない? 月歳君と、火菜ちゃんと」
「うん……ん? なぜそれが」
「ああ、ややこしいのよ。ううんと」
他人の話のように再構成しているのか、そうではなくて、やはり普通に肩代わりしたお悩みを特定されないよう編集しているのか、人美木さんは自慢の髪の毛を適当に触って、
「逆? になるんだけど、彼に恋してる子がふたりいて……」
「おお、それは大変だ」
「なのー」
「ひとりなら攻略方法だけを考えればよかったけれど、ふたりも現れたから、板挟まれた私まで悩み人になっちゃった」
「なのなのぉ!」
「最悪誰かが死ぬ予感!」
「なのぉっ!?」
人美木さんまでその男に惚れている可能性を想定した方が面白そうだったので、純粋に期待するのはやめにした。
今時そんなテレビ映えのする悪ふざけなんか誰もやらないとは思うが、殺意が湧いたら今夜も握美を――
いや、それじゃだめなんだって!
少しは努力すると昨日誓ったばかりじゃないか!
だから今日はあいつに――、
「でも仲良いっつってもあれだぞ? 将来は一妻二夫? 的なことをして、片方が一年も待つなんて全員が辛いだけだから適当に、どっちのが宿ってもどっちもが我が子だと考えようね、うんそうだね、おお、みたいなことを普段から言い合ってるだけだぞ?」
「倫理がないにもほどがある!」
「まあ、火菜のやつが殉職しなけりゃ叶うたぐいの夢なんだけど」
「今のふしだらすぎる目標が感動を呼びもする新時代のベタな死亡フラグだったというの!?」
月歳でもないのかなあ。
長身男子といっても、いまどき息子に医療的な処置を施さない母親も少ないから、ううむ。誰なのか――は、そうだ推測すべきではないんだっけ。
「ふたりとも振られるってのが、残念だけど一番平和なんだよな」
「んー、死人が出るよりは」
「でも“私”としては、どうにか恋を成就させてあげたい」
「まぁ、そりゃあね?」
長身男子を落とす方法……。
女子ふたりで男子ひとりを共有するには……?
「どの道『まずはお友だちから』しか、ないんじゃないの?」
ぼくは彼女の目を見て言った。
「結局恋人になられないのなら都合のいいお友だちなんかにはなりたくない――って気持ちもわかるけどさ。ああ、その恋するふたり同士は、仲良くなられそうにない感じ?」
「当たり前でしょ! 絶対に不可能よ! っていうか物理的に無理」
「んん、そこまでか……」
そうなると、もう少し詳しく事情を訊かなければ、解決案の出し様がない。
「ふたりとも憔悴しきってて、夜も眠れないらしいわ」
「むん、そんなにか」
多少は盛っているのだろうが。しかしどうして――と考えたところでぼくはあることを閃いた。
改めて考えると恵まれすぎている状況だった。
つまり、ここで半分ぼくのお悩み相談を処理してしまおうという寸法だ。
どうせあいつと理想的な対話なんかできやしないんだし。
「ぼくとしては――そっちの方が気になるな。病気になるまで他人を好きになる心理とはどういうものなのか? いや母さんの前の男がそれでね。『ボクの好きな人がボクを好きになってくれなきゃやだぁ!』を諦めないスタンスで、何度も警察の世話になってる」
「うわぁ……」
「理屈じゃないとか感覚だとか、いつでも答えはそうなのか? 自分でもわからない一択? 直す気はないのかとまでは言わないよ。ぼくだってマザコンを改めるつもりは毛頭ないからね」
「え」
「あいや、違う。違った。それは今日から少しずつ克服していく所存だった」
「み、みんなもいろいろ悩んでるのねぇ……」
どうやら人美木さん本人も、自分の内から湧き出る悩みがある種類の人間らしい。
「正直言って、『歌詞なんてどうでもいい』に似たところはあるわけよ」
自分の専門分野に関しては、人は饒舌になるものだ。
「なんであれ、それが素晴らしいからだけじゃなくって、好きになるという行為自体が好きな自分が好きだから、好きになってるだけっていうかね? そういう人種もこの世にはいるの。いや、こっちの方が多数派……なんだけど……、多分」
どの程度なのだろうと考えているような瞳から目を逸らしたら負けな空気。
将来の夢がナチュラルにお父さんのお嫁さんな女児と、同程度だろうかね。
「そういう人は逆に自分が好かれたら不機嫌になったりするわ。『オレみたいな雑魚よりもっとすごい偉人がいるだろ! たとえばオレの私淑し敬愛するあの素晴らしいお方いや神とかよぉ!』なんて共感を求めてね?」
「共感ってのはやっかいだよな。前から思ってたんだけど、ふたつの異なった主義主張同士がぶつかり合うと、ほとんどの場合、同意が得られないだけでは済まないで、双方が深手を負う。この試みには、幸せになられすぎるか、不幸になってしまいすぎるかの二極しかない。中間でいいと、ぼんやり思って求めるのに」
「ああ~、共感」
ではポミトキは偽歳側の、ムーンタイプな人間である上で、『この歌詞もマヂ最高!』と考える漢なのか。ではそれは一体どういう原理なのか。
「更に『利己的な平等が大好き』というスキルも重なっているのか……いや、ゲームとかでさ、ぼくはもう序盤でレベルを上げまくってから無双する派なんだよね。それが楽しいと感じる派。でも世間には、結局自分が勝ちたいのに、同じレベルで戦いたいって考えるプレーヤーが大勢いるんだよ。で、結局苦戦して憤ったり苛立ったりしている。それがぼくには理解できない。いや、これはただ単に難易度に対する不満の度合いの問題か……?」
「ゲームの話は、よくわからないけれど……?」
大人数でプレイするのがデフォルトなゲームで、CPU戦だけをひとり楽しみたいと考える人間の数も少なく、中間でいいとぼんやり企んでいたぼくが密かに深手を負った。
「――とにかく、前向きな人間になるよう努力するしかないな、全員が。『失恋したぜーっ! 泣くのだぜーっ!』って感じでさ。いや失恋が前提じゃ後ろ向きなんだけれど。『逮捕されてもいいからアタックを繰り返すぜーっ!』に至らない程度の明るさは維持できるよう頑張らないと、しおれにしおれて枯れ果てちゃって、自殺。なんてこともありえるわけだ。それはいけない」
「あや? まとめに入りましたよ?」
「オチが読めた話をこれ以上引き伸ばしても仕方がなかろう」
恋愛相談部の部室では案の定、予想通りの人物がふたり、他ならぬこのぼく、握刀川心至福を待ち構えていた。




