第二章 女性の楽園 第十節 アンチナーバス
ところで話は戻るけれど、あの結婚式。
日取りの都合がよすぎた、と、きみは確かにぼくを叩いたはずだ。
なるほど、結婚式とは普通、女性にとっては特に、大切で重要なイベントなはずである。
では、なんでもいい、どうでもいい、とまでは言わないけれど、いつでもいい結婚式というものがあったとしたら?
籍はだいたい10年前の6月辺りに入れていた。
つゆり先生の方が、慎重というか、警戒心が高いというか。まあ体面に大金を注ぐのは趣味じゃない、見栄っ張りの逆みたいな性格であることは、みんなももう知っていると思うので、だいたいそういうことだが、つまり、
結婚生活が10年続いたら式を挙げる、という約束だったのだ。
結局離婚するなら式を挙げるな、ではなく、結局離婚することを大前提として、そうならなければお互いよかったね。という考え。
そしてまあ、だいたい10年たったよ! とユリノさんの方が急かして、あのキスシーンへとつながったわけである。
とりあえずあのときの腹筋をベタ褒めすると、彼女はいやん恥ずかしいえっちと笑った。
「ところで話は変わるけど、男子が男子に恋する気持ちってどんな感覚なの?」
「知らねえよ!」
ところで話が変わりすぎだ。
えっちな漫画の読みすぎだ。
男前なオネエの方の存在が不思議だったらしく、ぼくは男のボディ同士が良いって感じる人なんじゃないのかと推測してから、ヒゲマッチョのボディ同士がと言い直した。
キャシーはわりかし女顔な美少年のボディ同士が至高だと考える平凡な女子だったのでそんな世界もあるのねと驚いた。
なんの話だ。
答えを言うとその百倍驚いた。それはもう、近所迷惑になっていないかと心配になるほどの声量で。高校生になった刃楼に言っても、これほど良いリアクションが返ってくるだろうか。なんにせよぼくが一番、教師にとって鬱陶しい、物知りぶったガキだった。
「えーでも全然違うじゃん」
「もう少し具体的に訝ってくれ」
「ん。んー。背が違う、違った」
「おほん。火菜くん? その相違点は、年齢が同じ場合に見つけてくれないと?」
「むむぅ……。ふい、ふん、い・き? ユプノが静かで、アリスの方が明るっぽかった?」
まあ、まあまあ、アンチ神経質なこいつがそこまで詳しく観察しているはずもなく。
一卵性でもほくろまで同じ位置にはできないとか、アリスタートルはぼくと同じく薬剤で背を伸ばしていたとか、お前の妹と同様にヒュプノスの方が、悪目立ちしないように髪を黒く染めていたのだとかいったことを、ぼくは自発的に解説せざるを得なかった。
「それじゃあどっちかのお母さんが離婚して、また再婚したって感じ?」
「んー、そしたらきょうだいだって判るから、もう少しややこしいとは思うけどな。女の子が産まれる可能性があるにせよ、バンクから精子を医療してお腹の中に戻すなんて考えられないほどに男性に拒絶反応があった上で、シングルマザー希望だったか、全員が子宝に恵まれない体だったか、出産という行為単体が不可能若しくは危険だったために代理を依頼したか……。
いずれにせよ肉体が女性同士というふた組のペアが、同じ女性の体細胞を入手して、それぞれ別時期に卵子の中へ挿入した。あるいは別時期に誕生した誰かのクローンを、それぞれのタイミングで養子にもらった。――まあここまで考えると、逆にこじつけにしか聞こえんけどな。案外とお前のやつが正解で、母親が幼い娘に優しい嘘をついてたってのが正解かもよ。火菜・ヴァレンティーネ・ヴァンダービルトくんは、人一倍直観力が鋭い子だからね?」
「んーふふ♪」
そういうことなら私の体細胞使って私がみんなに産んであげるよーっ♪ とか言う、健康体すぎる上にフランクにも度がすぎる女神さまがいたのかもしれないけれど。
いずれにせよ。
「ねえやっぱり雰囲気だと、糞粋みたいで汚くない? 不陰気の方がいいと思う。あっ、そういやさ、公園の砂場って絶対猫の雰囲気入ってるよね?」
「うん」
「それと私おりしもって書いてるの見たらいつもおしりもって読んじゃうのー」
「おしりも!」
「んふひひ!?」
《不陰気》。
ふたつ名に相応しい気がしたけれど、もう既に誰かが考えついていそうだった。




