第二章 女性の楽園 第十節 やだーっ!
十
握刀川刃楼がカニも食べない。
帰ってきて眠れずに学校へ行って時差ボケに負け、帰宅して目が冴えた5月2日、月曜日。ぼくは懐かしい和の雰囲気薫る食卓で、ひとりサワガニの素揚げをつまんでいた。
『うわーっ、誰かと思えば加奈子に雪美! それに山梨も! ひさしぶりーっ♪』
『でたーっ! パフィンピンクオーロラの十八番! 《口から出た似顔絵》!』
ちなみに火菜はキャシーで、夜々はのりこだった。うん。確かにそうだよな。あいつは刃楼というよりは加奈子だ。かなりの加奈子顔だ。
(……こいつらもかぷかぷ笑っていたんだよなあ)
こういう時はどちらの親に相談すればいいのかも悩む。
そう、今はどうしてそうなったのかではなく、これからどうすればいいのかを考えることに頭を使うべきなのだ。
カニうまい。
「心ちゃん、どこいくのー?」
あら、起きてたのか。
掴んだソファからぬよっと顔を出し、
「握美ちゃんのとこ?」
「なんでだよ。おトイレ」
「ふーん……」
考えてみただけだ。一応考えてみただけ。やはり選択肢はひとつしかない。それにもしそうであったなら、また日守さんが握美へ相談するならすればよい。
自室に鍵がかかっているというわけではないけれど、仕事中は音楽で現実をシャットアウトしているし、ぼくも数秒の間に要点をかいつまんで提出できるほどの話し上手ではないので、要件をラインすると即出てきた、ふたりしてうおっとなった。
とりあえず昨日の出来事をぼく視点で再現。これこれこういうことだと思うと意見を述べる。間違いないねと彼は言った。
早っ。そうですか。
「あーっ! お父さん!」
「刃楼! こっちおいで」
「えぇーっ!? わーい!」
髭はない。猫科のちぐはぐな親子みたいに、変顔になっても超キュート。残念だったねと慰められた握刀川刃楼は大泣きした。まさに堰を切ったように。ごみ箱とティッシュ箱を持ってきたら、やんでいた。ときおり小雨が降っていた。
「でもいいの、自分のことは……、いつかくるから。小3でなるとか理想だけど、高校生でなるひともいるし、そこは少し我慢すればいいから……だからね? それだけじゃなくてね?」
「うん。お友だちが別のグループに行っちゃったからショックだったんだよな? 覚悟はしてたけど、実際に体験してみると思いのほか辛かった。それでなんだか暗くなっちゃった」
「ふぅぐっ……! んんっ、ぐ……! ふぅ。ふぅ。ふうー……っ、にひ。ちょっとだけ?」
「いいんだよ、暗くなったって。お父さんなんて年中暗いぞ?」
「やだー。お父さん肌白すぎー。もっと外で日に当たりなさいよ?」
「やだーっ!」
日守さんはここで娘を廊下におろした。それはぼくがここにいたからだとか、大人扱いとか子ども扱いとかそういう話ではなく、急ぎの用事があるからだった。
「それなら夜々ちゃんのことも心配してあげないといけないな」
「へ? やぁちゃんは無傷だったし、今日も元気そうだったよ?」
「いやあ、今頃泣いてるとお父さんは思うなあ」
「泣いてる!? なんで!? 超強くてかっこいい魔法少女にもなられて、新しい仲間までできたんだよ? しかもギピュパフィの2人?」
「いや、ほら、それは……刃楼にとっての幸せだろう? やぁちゃんは血反吐の出る訓練を強要される自衛隊になんか、小3で入れられたくはなかったかもしれないし、新しいお友だちも、そこまで欲しくはなかったかもしれない。それに、中学生の先輩を怖いって思っているかもしれない。まあいずれにせよ――」
彼は目線の高さから伸びあがった。
「電話してごらん? 明日も休みでしょ」




