第二章 女性の楽園 第九節 ソードスミス
九
物見遊山で屋外まで足を延ばしていたスポーツ少年少女が、金切り声をあげて逃げ惑う。
「あれえ!? オレだったら嬉しいけどなあ! こんなイケメンが小学生のころに一緒に遊んでくれるって言ったら絶対に嬉しいと感じたけどなあ!? なんでぁ!? ええーっ!?」
恐れていたことがついに現実のものとなった。
奴は絶対に切断するべきではなかったのに!
「チッ! ンだよ……! っけんな、ジで世も末だよ……! あーもお! があーッ!」
運悪く逃げ遅れたのは、また別のかわいらしい男子だった。切開面から躍り出たニューロンその一が青空を蛇行して、世界一気持ち悪いカワセミになる。
刃楼が危ないよけてと叫ぶ。彼女は何も喋らない。72億人なんて、日本列島が60個あるのと一緒だ。その中からたったひとり犠牲になったところで、
「ギャッ!」
ぼくは顔をそむけなかった。
命果てて一番驚いたのはしかし、他の誰でもない偽歳だった。
「なにィ――ッ!? そ、そんな馬鹿な! その種の理論は完全に破綻しているはずだぞ!?」
「なるほど! パワー特化型フォルムであるところの筋肉増強系ボディには、度外視したスピードを補うために、ロケットブースターをたくさんとりつければよかったのね!?」
「し、しかしそれではいくら熱烈の魔法少女といえど、余熱で融解してしまう!」
「いや、どうやらその心配はなさそうだ!」
内側から雄々しく衣服を破った腹筋に限っては、ウケを狙っていると決めつけられても仕方がないほど隆々だった。
分身して見える速度で、蔓延った単体を次々と仕留めてゆく。
「やめろォ――ッ!」
再び完成をもくろんで、百弱のニューロンがぞぞっと収束。
隣で本物の月歳が言う。
「おそらく……あの刀が放熱器、つまり身体を冷却する装置の役割を果たしているのだろう。そしてそのためにより一層、繰り出す技の威力が上がっているんだ……!」
どこかの超高熱刀や電子レンジの権化刀と、どことなく似ているようなそうでもないような。いや……原理はめちゃくちゃ違うけど。うん。
遠くで闇夜の太陽が、
「動揺食らい、《侘寂禅那》……」
「たばかったなあ! パフィンブラッドオレンジソードスミスゥ!」
「はァ? 名乗りのついでに繰り出される必殺技がどこにあンだよ」
「ふたりがかりとは卑怯だぞぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!」
合体すれば妹に斬られ、分裂すれば姉に裂かれる。
八方ふさがり。四面楚歌。
よって偽歳は自らを圧縮した。
王道系のスピード特化型!
あなどるなかれ!
162センチもの弾丸が、魔法といえども少女に当たれば無傷で済むはずがない!
最強ではなく最速を相手取った場合に限っては、ファイナル理論も通用しないと認めざるを得なかった。
そうだ、《五次元美少女ギピュールパフィン》には、パフィン、すなわちニシツノメドリの、退化しているとしか思えないサイズでありながらも飛行を可能にする翼が、デフォルトで備え付けられていたんだった!
天へ昇る朱い羽根!
ジェットセルで追う速歳!
ここで箒!?
そう身構えた一瞬の隙さえ、作り出されたものだった。
巨大な槌へと膨らみながら、日輪を侵略してゆくそれに、誰もが目を奪われた。その辣腕に感心し、その天啓に嫉妬した。
しかしそれでは当たらないだろう。
やっとそう気付いたとき、
「ぅゴぇッ!?」
特大ペンチがチビ歳を後ろから挟み潰した!
そうかあれがステッキか……!
我々は“刀鍛冶”と耳にした時点から、魔法少女ではなく、刀鍛冶の三種の神器を思い出さなければならなかったのだ!
すなわちハンマーと、ペンチと、そして――、
「《パフィンブラッドオレンジ――、」
「えっ? 本気にしたの!? 別に本気で言ったわけじゃないって判らなかった!? へええーっ!? オイ! オイッ! チィィッ! 普通に愚痴んのも駄目なのかよ、なんで俺だけ、」
「ソォォード、ビィィィーム》!!」
「グッッ!? ゥゥゥウウウウウウウウウウウウウヴヴヴヴヴヴヴ――――――ッ……!!」
どが!!
口腔内から射出された火焔をたっぷり3秒浴びて、やっと大槌が振り下ろされた。
土煙を上げながら地面にめり込んだコゲ歳が、白目を剥いてアフロで喀血。鈍器がぐるりと肩を一周。猛進のシュモクザメに再び接吻させられて、奴は見事な刀になった。
タイムカプセルでも扱うように掘り出したそれを、ぼくたちは《月ノ夢》と名付けた。




