第二章 女性の楽園 第八節 キュニョー
八
ぼくにはオレンジ色に見えて、彼にはヒマワリ色に見えた。
それというのもぼくの脳が、1パーセントでも赤が交じれば9割方黄色のものであれ、そうとは定義しないように習慣付けられているからで――、
その瞬間を見ることができたのは月歳が、大気圏付近で生き別れになったはずの相棒を、実はあのあと咄嗟にキャッチしてくれていたからだった。
お前マジですげえな。
どうもありがとう。
まあ、無能力と言ってもそれは、『自称魔力』の分野に限った話だからな。
後ろ髪はアーティスティックに落葉してもなお、1本残らず背中側へ流されて、『綺麗』を死にもの狂いで目指しておきながら、『可愛い』という評価だけを欲している年上から、『男子受けはしそうだけど?』と嫉まれた。
獣耳の特等席からメラメラと、とぐろを巻いて萌え出でる紅蓮の炎。右目だけで飽き足らず、右顔面を覆わんとしたオオモミジ。左前髪はオールバック。左目で漆黒の瞳孔が、アオマルメヤモリの虹彩を、絶対に検索してはいけない“ブルーコンドロ”よろしく縦に裂く。
「たれ目からツリ目へと、変身する魔法少女……!?」
大胆に露出されたセクシーな左耳に光るのは、大事な大事なとんぼ玉。
「またしても、ぜんだいみもんだわ……っ!」
背丈は中学2年生の平均周辺へまで膨らんでいた。
「普通ですけど!? こっちのが正しいんですけどぉ!?」
偽歳がボノボじゃない方類人のように地団駄踏む。
「オーッパパパパパ! オパオパオパオパァーッ!? ビニア!」
なんというか……、産み出した本体は、総じて、憎めないやつでありそうだった。
自宅でも学校でも職場でも、キャラの濃い人気者に、ニコニコと負け続けてきたんだろうな。
「上が全部悪い! 上が全部悪い! 上が全部悪いッ! あいつらが全財産を俺を含めた凡人に平等に分配することのみによって! 地球上から格差をなくしたいと俺は考えるッ! 俺以外の誰がどれだけ血のにじむ努力をしていようが知らねえ! 俺は一切努力したくないッ!!」
溜まりに溜まった蛇毒を、月歳の声帯で撒き散らす。
「努力したら疲れるから死ぬうううううううっ! でももし俺が努力して金持ちになったら、恋人と俺と身内と友だちとその子どものためだけに使ううううううっ! これが全人類の本音ええええええっ! な!? な!? 働いたら死ぬよなっ!? ほんとは一生遊び暮らしたいよなっ!? えーっ!? 正直に言ってみろよオパァッ!?」
彼女はいつものように黙ったまま、ちょうど目の前に落ちていた、Sブレイドを拾い上げた。
「あいつは小学生のころからモテてた! あいつは親が金持ちだった! あいつはクズなのにちょっと口が上手いからいつも周りに友だちがいっぱいいる!
あの音楽も! あの小説も! あの漫画も元々はみんなのものだったのに! どうしてあとから出てきたあいつが自力でゼロから創り上げたみたいになってんだよ!? どうして全部あいつのものになっちまったんだよ!?
俺だって換骨奪胎したかった! 超有名作品を適度に丸パクリしても許される座席を俺にも寄越さなかった神だけは絶対に許さない! あいつが先に盗らなけりゃあ今頃は俺が! 俺だけが! 世界一の有名人だったのにいいいいいいいいいっ!!」
「やぁちゃん! そんなところ持ったら血が!」
ところがよく見るとそれは血ではなく、どろどろに溶けた鉄だった。
一歩ずつ踏みしめながらふりかざした左手へ、矢印のついたE部分が、食欲に屈したスルメのように飛来する。
「不幸は私が燃やしてやるよ……!」
接合部から紅の炎が摩訶不思議。
「宛転と容喙する闇夜の太陽! パフィンブラッドオレンジソードスミス!!」
「キュッ……、キュニョォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!?」
目にも留まらぬ刀さばき。
偽歳は真っ二つになった。
仕舞える鞘がなかったために、その辺へ適当にブッ刺されたそれは、砂漠を観光名所へ変える、ナガスクジラの象牙に見えた。




