第二章 女性の楽園 第五節 見学中の体育館
「あの人です。コートの向こう側にいる、女性にしては背の高い、やや丸顔の……」
目を覚ました白面朗ユプノは、ぼくの質問に答えて、しかし現役女子小学生の足首を痛めつけてなお黄色い声で催促される、一度死んで更なる脅威と化した玉兎金烏を見つめながら呟いた。
ぼくはいかにももっともらしく、赤かピンクの眼鏡をかけたら似合いそうだなと返事した。彼女は広げた黒の影に隠れながら、ロングヘアも見てみたいと窓を見上げた。
「あの、ごめんなさいって言っておいてくれますか。妹さんたちに……」
ああ、うんとぼく。
「告白は……、やはり、勇気が出ないからやめました。ここまで来ておいて。ふふ」
「いやあ、その時の気持ちに従ったので全然正しいと思うよ。まわりは無責任にはしゃいでるだけだから気にすんな」
彼女は小さく首肯して、
「いま見た夢の話なんですけどいいですか」
ぼくはいいですよと承る。
「――、すみません全部忘れました。でも結論は、なんと言いますか……、いえ、なんとなくわかるんですよ。私って頭ばっかりの妄想女子ですから。大人がいろいろと気を使ってくれてるんだなーってことが」
不意に日傘を手渡された。安心の白手袋で受け取ってかしずくと、病魔に狂気へ手招きされた、余命幾許もない薄倖の令嬢が、体育館の内側で生を受けた。
「小学3年生の知識量では解読できないらしい問の実在がもどかしい反面、ここには今しか手に入れられない無垢がある――と言いますか。
つまりですね。それは子どもの純真さの何かを、確実に破壊する真理なんでしょう? この場合、謎の方が毒でなくて薬なんでしょう?」
ぼくはまさにその通りだと、難解な言葉を使用する彼女を、そのまま大人扱いした。
「……駄目って言われたから反骨精神が沸き起こったという事実が僅かでも混合していれば、純粋な恋とは呼べない気もしたりしまして」
「あいつらもただで遊べたんだし、そんなに気にしなくていいよ」
「……球技って野蛮だと思いませんか」
「お嬢様、ご病気がお治りになられました折には、私めとバドミントンとやらをしましょう」
「ごほぉ、ごほん! じ、じいや、わたくしはもう、だめなようですわ……! ごほ!」
「それでは少しお休みください。大概のことは、食って寝れば治ります」
「それもそうですわね? ではなにか食べ物を?」
ここは白百合十字団のパンで正解だった。白面朗ユプノは白いエゾリスのように何の感慨もなく、しかし心底大事そうに食べきって、喉の渇きを訴え、再び海の底深く沈んだ。
警報。




