第二章 幸せすぎて涙出る 06 お前らしっかりパン食えよ
流れるプールの近くでは、ゆうちゃんママが、ママ友らしき人たちに慰められていた。
確かに喧嘩はあったみたいだが……。しかしよく聞こえたな――ってレベルでもないぞこれ。
俺は全力で競歩して、脚からそっと水の中へ飛び込んだ。
「どうして温水プールへ来て、突き落とされたがりの野郎なんぞを助けなきゃならんのだ!」
「しゅ、しゅびばぜんっ!」
見た目の脂肪が少ないだけで、実際に触れるとしっかりもちもちしていたアーティカ肌とは違って、子どもとはいえ中二男子の、しかも悪ガキもどきの生肌は、お世辞にも気持ちいいとは言い辛かった。うぅ脂が……上手に洗えていなかった食器を掴んでしまったときの不快感。
今更そんなことを言っても詮無いので、とにかく陸へ上がる。
「お兄さまあ」
「お兄さまあじゃねえ、この、アホ! サル!」
頭を叩いたら何かと問題になるので、ヘッドロックをかける俺。
「ぐ、ぉ……え……!?」
「とにかくお前、頭下げろ! わざとじゃないとか悪気があったわけじゃないとかちょっと指が触れただけとか男女平等じゃないとか、そういうのはいぃーんだよ!」
「いや、触ってはいないっす。声かけてたら泣かれちゃっただけっす」
「今時分それが一番駄目だろうが! ボケ!」
「あがああ!?」
「ちょっとお兄さんっ!」
アーティカちゃんがまたなんか言ってる。
そういや同級生だっけか。当たり前だけど。
「みなさん、落ち着いて下さい。スタッフの方を連れてきましたから」
その一声で、騒いでいた全員が静かになった。
「出禁にしてもらえなければ、議論はなし。すぐに警察へ連絡しましょう。学校へも連絡。ストーカーも窃盗癖と同様に、今や立派な病です。然るべき病院で、然るべき矯正を施せば完治するので心配要りませんよ。大丈夫です」
ここぞというときに口を開いて、それっぽいことを良い声で言えばモテるんだな。俺は途端に目の色が変わった女性陣と、初孫を抱いた祖母のような眼差しで減雄を眺める瞑鑼を見て、なんとなくそんなことを思った。
木目調の壁にふっくらと包まれたベーカリーコーナーでは、俺たちの食欲を更に掻き立てるように、虹色のごちそうへ夕焼け色の光がさんさんと降り注がれていた。
「ほら、パンだぞ。パン。パンタイム! お前らしっかりパン食えよ!」
「……キャラが、違う?」
お互い様だ。
とは口に出さずに、あいつってこういうやつなんだ、意外と熱血なんだよと瞑鑼に説明。
「私これにし~よおっと。メープルメロンパン。おいしそぉ~♪」
「できるだけ違うの選べよ」
「そっちが真似してくるんでしょ~?」
「じゃあ全部半分こするか?」
「するするぅ♪」
絶対にしそうにない。
仕方なく昨日半分食べた、WCCMPをトレーに載せる。ああ、そういや半分だったか。ならこれで正解か。そうだ俺は初めからこいつをもう一度食べたかった。俺たちは最後に各自各種乳飲料を加えて支払いを済ませ、イートインスペースへと向かった。
「幸せすぎて涙出る……。お兄ぃ、ありがと。……みんなも」
「ええ~っ!?」
なにこの子、極端!
「この子ってこういう子なのよ、意外と感動屋なの」
お前は俺か。
しかしめでたい!
完治したとは言えないけれど、前進したことには違いがない!
「うまい」
「…………?」
「お兄さん、涙、涙!」