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第二章 女性の楽園 第五節 分岐点


        五



 本人に直接確認を取ると、案の定、正解だった。


「だから、どっちがいいのかってことよね?」


 隣で壁にもたれながら、ソレイアイト・アリスタートル女子が言う。ぼくは一発で指導内容を暗記したふたりを眺めながら頷いた。両想いだったら余計に辛かったのだから。


 身長は172。火菜ふぁいなより14センチも高い。髪先にウェーブがかかった、アプリコットのミディアムショート。口の端に艶ぼくろ。丸顔。眼鏡なし。日焼け止めクリーム特大のお陰か、彼女の肌も小麦色に焼けてはいなかった。


 知り合った場所はあの教会らしい。ぼくたちと同様に、親きょうだいの影響でリリクロ活動を始め、そして続けていたけれど、小学校の先生という夢を見つけて、今年からこのスポーツ少年少女団でお手伝いをさせてもらっているのだとか。


「きみならどうする? まあ、ありえないんだけどさ」


「どうしますかね。モテたときに備えるなんて、無名人の分際で意味もなくカッコイイサインを自室で密かに練習する行為に負けず劣らずナルシシストな感じがしますけれど。真実を告げますかね」


「うわぁ、つめた~い」


「いえ、ぼく個人が、好きでいられるだけで幸せってタイプの対極と言いますか、恋愛なんてもとより恥ずかしいものですし、別にその位置を目指してもいいんじゃないかって」


「あぁー、きみって、30人くらい彼女いそうだもんね?」


 なぜに……。


 母親に投薬された過去を暴露すると、頬を上気させて激しく共感された。いつか『はげきょ』とギャル語られる日が来るのだろうか。

 口説きへ変わらない程度に女性を褒めるにはどうすればいいだろうと、ぼくは彼女の横顔を窺いながら考える。


 妹はもちろんのこと、その親友も案外と運動は得意だった。

 まあ、昨日のはレベル以前に、体格が違ってたからな。あの中で一番下手なのは、当然といえばそうだ。


「真実を告げて、それから恋人ができたら、嘘をつかれたって思われる?」


「ここで教師になるのなら、もっと厳しい状況に直面する可能性もありそうですけれど」


「うう~っ、そうだよねぇ~っ!」とソレイアイト同級生は頭を抱えた。「嫌われたら論外なのに、好かれすぎても応えられない……。適度に好かれるように努力って、みんなどうやってるのかなあ……? ねえきみ、ドロドロになった経験ある?」


 そうか。彼女にとってはこちらの方が、興味をそそられるゴシップか。

 火菜ふぁいなとは握美あくみちゃんのおっぱいを巡って争ったことがあるらしいけれど。乳児のころに。そんな話をしてもなあ……。というかどうやってふたつの乳房をふたりで奪い合ったんだ?


 脳味噌の回転が人並み外れて愚鈍なぼくの沈黙をどのように解釈したのか、アリスタートルちゃんは話題を変えた。


「親の所為といえば親の所為じゃない? まあ今回のは『産んでくれなんて頼んでない』ってたぐいの憤りじゃないけどさ。『なんで私たちだけ?』とは思うわけですよ。『自分たちだけ気持ちよかったらいいのかーっ!』っていうか。でもそのエゴがなかったら、私もあの子も産まれてくることはできなかったわけでして」


「え?」


「ん?」


 なんだか変に時が止まった。

 ええと。


「あれ? きみって、もし両親が出会わなかったら――とか、考えない人? 地球が形を成すのもすっごい奇跡だったんだから、そのあと自分が産まれる確率って、ゼロに等しいんだよ?」


「んん? いや、ゲートを開く際に求められるエネルギーは考えないものとして、『自分が産まれてこられなかった場合』を覗き見て胸が苦しくなるにも、その、ゼロに等しい確率をくぐり抜けてしまえた自分が必要になるわけだろ? 『苦痛を知覚するにも自我が要る』。だから宇宙が始まる以前から、自分が自分として誕生することは、間違いなく絶対に決定付けられていたんだよ」


「? ?」


「並行世界は毎秒無限個誕生しているんだ。世界というものは毎秒、無限通りに分岐しているからね。毎日寝起きする自室と物理的には全く同じ座標上では、無限人のきょうだいが、違う自分が、あるいは赤の他人が、実際に生きて暮らしている。ないは証明できないだろうと、悪魔に縋る必要もない。人は『運命の人』を、自分の好きなように決められる……、


 たとえばきみが『茂手木』という、頬のこけた男だったとして! 『美津江』を選べば『真人』に恵まれ、『紅子』を選べば『まゆみ』をさずかる!


 この場合、『真人』は単に、『まゆみ』が産まれた世界には存在していないだけであって、『すべての並行世界を含めた、一番大きな世界全体』の中には当然生存していて、それはつまり『真人』のいない『まゆみ』の世界で生活していても、『真人』というひとりの人間は現実の世界で生きているということを、確信を持って実感できる人間こそが、疑いもなく正しいという結論へとつながる!

 

 きみが『まゆみ』の世界で暮らしているからという理由なんかでは、とてもじゃないが、『真人』が暮らす宇宙全体を消滅させることなんてできないんだよ。


『カルカ』を選ぶか『てぃら美』を選ぶか! はたまた『細流せせらきらいあ』と仲睦まじく田舎暮らしを満喫するか!


 ――こいつがあらかじめ定められていたとしたら、きみはその後の全ての不幸の責任を背負わなくても構わなくなる。


『うるりん』を選んだ後で、『あらかじめ意地悪な神様に、メドウさんルートをふさがれていたんだ』。『メドウさん』を選んだ後で、『あらかじめ冷徹な運命に、うるりんルートを取り上げられていたんだ』!


 ――不幸の責任が他人の掌の内にあるのなら、目先の苦痛を回避できる代わりに、問題の核心へメスを入れられない。

 歩いて行って蛇口を閉める疲労くらい我慢しなければ、ヒトは死ぬまで永遠に、唐辛子のシャワーを浴び続けることになる。


 好みの並行世界の自分を随意にジャックすることさえできないぼくは、『一番大きな世界全体』の中心には居なかった。神様でもなんでもなかったし、クラスの人気者でもなかったし、この世にたったひとりしかいない貴重で重要な人物でも――なかったんだ」


 教員志望の同胞はしばらく無言で考えて、白馬に乗ったおじい様にうすら寒いギャグで告白された舌切雀のような顔で、夢も希望もないねと苦笑いした。


「神秘もタイムパラドックスも、の間違いだろ。その代わりに罪悪感からの解放がある。ぼくたちはきょうだいを残虐に蹴落としてまで這い出てきてはいなかった。彼らはひとり残らず今も元気に無限の平行世界で生きている。事故や病気で亡くなっていない現在も当然実在するからな。だから彼女たちの分まで生きなければならない――なんてことはないんだ。そしてこの理屈でいけば、親に責任なんか微塵もなかったりする。誰に巡り合えなかったとしても、他の誰かと出会ったのさ! キタシロサイは人間狩りを、やらないんだからね!?」


「、ふぅん……、いつか犯罪おかさないでよー?」


 どうしてそうなる……。

 じゃなくて、だから、ぼくが親しくなってどうするのだ。


「一方的に好きにならざるを得ないってタイプなら一番簡単だっただけだ。彼女に共感を与えられながら納得させることができ、同時に支持もしてもらえたから。そうじゃない上に嘘をつくのが嫌いな人なら、真実をきっぱり告げるしか残された道はない」


「ちょっと理詰めすぎ! そういうのは感情を無視してるよっ?」


「でも今日あの子、自分の本音を率直に実直に告白する気だぜ? 感情に背中を押されて」


「だからあ、そういうのが理詰めなのー」


 まあ。ここまで言って、じゃあそうしようかなと全責任をぼくに押しつけるだった場合も、比較的速やかに解決できたという話でもあっただけ。

 ぼくはまた相手が喋り出すまで待った。


「……恋って難しいよね。どこまで行けば終点で、何をすれば完結するのかな」


「片想いの相手もいないんですか」


「きみって言ったら? 好かれるのが幸せなんでしょ?」


「ちょっと好きかもって気持ちを掘り下げて、大好きまで育ててみてはどうです?」


「やだー、ふられたら辛いじゃーん。だから今はなあなあで、仲良し熟年夫婦みたいな関係をひとり密かに楽しんでー、恋愛とかを考えるのは、もう少し大人になってから? ――だめだ。自分で言ってて寂しさを過食でまぎらす老後が見えた。ずーん……」


「ぼくも大体同じような未来が見えますよ」


「うそー、うそだ。一夫多妻なんか簡単に実現させちゃって、でも男の子しか産まれてこなくって、もう一度頑張ろうってみんなに詰め寄られて、『あれ、これが夢だったはずなのに……?』ってぼやいてる、やつれた顔が見えるよ?」


「ああ、ほんわり好きな人が沢山いるんですね。それでいて誰でもよくはない」


「なっ、なぜばれた!?」


 そして一番肝心な点は、こうして当人と対話すること。会話の端々から本音を読み解くこと。であったり。

 うむ。遠回りに疲れはしたが、大体のことは解った。実に偉そうだけれど、心で思う分には構わないだろう。

 ぼくは彼女に断りを入れてから、車椅子で眠る、昼ナルプレコな彼女のもとへ戻った。


 筋トレに続いたランニング後のソフトドッジボールでは、相方からパスを受けた勝気な妹が、復活と復讐を瞳に誓って、大勢の女児に交じっても許される特例の好青年と今まさに、勝敗を決しようとしていた。

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